天使のような母をブチギレさせた「DV父」の僕への一言 再婚に反対したときも怖かった…「もとはこういう人だったんだ」
周囲の女性アイドル熱に、ピンとこなかった
病院長が父の同級生であったため、いろいろ配慮してくれて事件にはならなかったが、それを機に、病院長は母に離婚を勧めたという。父が暴力をふるったのはそのとき1度だけだったのだが、母はそれ以前から精神的DVをさんざん受けていたから、その勧めをすんなり受け入れた。
「病院長が全部、とりはからってくれて、父は別のところに住むことになった。だから僕らはそのまま家に住むことができました。父からはいくばくかの生活費は届いていたらしいです。母は仕事に出るようになりましたが、3人で暮らしているあのころが家族としてはいちばん穏やかで楽しかったなあ。そうそう、その僕が入った私立高校の同じクラスに、すごくいいヤツがいたんですよ。たぶん、あれが僕の初恋の人なんだと思う」
小中学生のころ、周りの友人がアイドルに夢中になっていても、彼にはどこかピンとこなかった。話を合わせてはいたが、女性アイドルをいいと思ったことはない。
「歌がいいとか見た目がかっこいいとか感じたことはあったけど、心を持っていかれるような感覚はありませんでした。でもその同級生に会うと、ドキッとするんです。それが恋というものなのかどうか当時は判断できなかったし、男が男に恋するなんてあり得ないとも思っていた」
確信がもてない辛さ
知識として同性を愛するのはあり得るし、そういう人がいるのは知っていた。だが自分が本当にそうなのかと思うと、どう気持ちを整理したらいいのかわからなかった。しかも彼の恋心はほのかで、決して性欲を伴ってはいなかったからだ。自分は同性愛者の中でもさらにマイノリティなのか。
「僕の苦しみはそこでした。公に同性が好きだとは言わなくても、確信がもてれば生きていける。でもあまりにほのかな好意だから、自分を同性愛者だと思ったり思わなかったり。カテゴライズされたいわけじゃない。でも不安が抜けない。10代後半の不安定さに輪をかけて、自分の存在意義を考え続けていました」
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