「百恵さんの息子」と呼ばれない三浦貴大 朝ドラ「風、薫る」で好演も…視聴率低迷の理由 浮上のカギを握る人物
祐太朗は百恵さん似
なぜ、祐太朗ばかり百恵さんの息子と書かれるのか。まず同じ歌の道を選んだためだろう。2008年にデビューした。10周年の17年には「秋桜」など百恵さんの名曲のカバーを収めたアルバム「I' m HOME」もリリースしている。
1980年の引退以来、決して表舞台に立たない百恵さんに代わり、コンサートや歌番組で「いい日旅立ち」などを歌うこともある。百恵さんの息子と書かれるわけだ。
貴大が「秋桜」を歌ったら、聴く側はどう感じるだろう。歌唱力の問題を度外視しても違和感をおぼえるに違いない。顔を見たら一目瞭然だが、貴大は友和似だ。友和をより凛々しくした顔立ちである。
祐太朗は百恵さん似。穏やかな顔付きも憂いのある歌声も。祐太朗の場合、たとえ演技力があろうが、亀吉役は無理だ。雰囲気が優しすぎる。
祐太朗は百恵さん似で、貴大が友和似。これも祐太朗ばかりが百恵さんの息子と呼ばれる理由の1つにほかならない。
祐太朗が第1子で、その誕生を百恵さんファンが我が事のように喜んだことも影響していると見る。現在の40代以下には信じられないだろうが、百恵さんの人気は神がかっていた。
歌が抜群にうまく、容姿端麗だったが、それだけではなかった。芸能界に入ったのは1人で自分と妹を育てている母親を経済的に助けるため。芸能界入り前は中学生でありながら新聞配達をしていた。
大スターになり、経済面の心配がなくなると、芸能界と決別し、ずっと恋人だった友和と結婚。昭和の日本人が応援したくなるファクターが全部そろっていたと言っても過言ではない。その第1子が生まれたことに世間が沸くのも無理はなかった。百恵さんに関心が薄い人も祐太朗の名前を覚えた。
無論、友和と百恵さんは貴大にも精一杯の愛情を注いだ。友和は貴大から「俳優になりたい」と告げられたとき、反対はしなかったが、手を貸すまいと決めた。本人にインタビューした際にそう聞いた。貴大のためにならないと考えたからである。2世、3世と騒ぐのはマスコミだけ。それだけで生きていけるほど甘い世界ではない。
友和の所属事務所は佐藤浩市(65)らのいる名門のテアトル・ド・ポッシュ。だが、同じ事務所には入れないと決めた。甘えが出てはいけないからだ。貴大には浅野忠信(52)らがいるアノレ(現アドニスエー)を勧めた。演技派の揃っている事務所だ。本人も了承した。
俳優の中には、自分の主演作には必ず息子をキャスティングさせる人がいる。しかし友和は共演も出来る限り避けた。実力しか頼れるものがない世界だからである。
友和の教えが良かったのか貴大は昨年も映画「やがて海になる」に主演。人生の岐路に立ち、悶々とする40歳の男を演じた。評判は高かった。貴大本人も俳優としての手応えを感じているから、亀吉のような仇役も引き受けるのだろう。もうイメージなどを気にしている段階ではない。
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