元カープのエースが「大赤字」の米農家に転身したワケ 神奈川から鳥取に移住 「野球コーチとの共通点は…」

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「どうして今まで東京にこだわっていたんだろう?」

 実家が鳥取市内で温泉旅館と食堂を営んでいた川口氏自身も、農業経験は10代の頃、親戚の田植えや収穫を手伝った程度だった。移住に当たっての不安は、むしろ野球解説など仕事との兼ね合いにあったという。

「実際に移住してみたら全て杞憂に終わりました。23年間住んだ川崎市(神奈川県)の自宅を売って、鳥取空港から車で10分の距離にある一軒家を購入しました。飛行機に乗れば羽田空港まで約90分。休日のデーゲーム解説であれば、日帰りもできます。両立どころか、車移動に付き物だった渋滞のストレスからも解放され、“どうして今まで東京拠点の生活にこだわっていたんだろう?”と、われながら不思議に思いましたね」

 幸運にも恵まれた。

「納骨の際、妻が目をつけた田んぼは5年ほど使われていない耕作放棄地でした。農業をやっている私の叔父(母の弟)が、たまたまその地主と知り合いだったことから、すぐに借りることができました。移住の翌年に2反(約600坪)で始めた米作りは今年、18反近くにまで広げるつもりです」

80点超えの高評価

 田んぼは全て借りものだといい、

「田舎には高齢などを理由に放棄された農地がたくさんあります。荒地になるよりも、誰かに使ってもらった方がいいと考える農家は多い。私の方から“代わりにやってあげましょうか”と声をかけたり、廃業を考えている高齢農家から相談されるなどして、田んぼを増やしてきました。できた米をお裾分けすることで、借地料など取らない地主が大半です」

 川口氏が作る米は、18年に鳥取県農業試験場が開発したブランド米「星空舞」だ。文字通り、手探りで始めた1年目は悔しい思いも味わった。

「苗を手に入れ、農業を営む次兄のアドバイスを受けながらやってみたのですが、土地に栄養があり過ぎて、稲が成長し過ぎてしまった。そうなると、雨や風で簡単に倒れてしまうのです。普通は稲が倒れて水に漬かると、そこで終わりです。でも私と妻は諦めることができず、倒れた稲を束ねて麻ひもで縛り、起こし直して何とか収穫にまでこぎ着けました」

 続く2年目は面積を5反に拡大。有機肥料である「牛糞」を6トン使って土地を耕すことから始めたという。

「もともと農薬や化学肥料を極力使わずにお米を作りたいと考えていました。田植えの際に使う除草剤以外は、できるだけ自然の土の栄養を生かしたかったのです。1年目の反省点も踏まえ、試行錯誤しながら作った米を地元の農業委員会の方に食べてもらうと“80点は超える。いいお米です”との評価をいただいた。この時は本当にうれしかったですね」

 一般に、米の評価は100点満点で75点を超えると「一等米」と見なされる。

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