セミナーで「家庭をもって守りに入っていた」と気づいた…年下女性に「ギラギラしてる」とおだてられ カンチガイ53歳夫の大後悔

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帰らないと決めた日の朝 子供たちの言葉に涙がこぼれた

「離婚してほしいと妻に頭を下げたのが45歳のとき。彩花は、どうしてとも聞かなかった。わかった、私が出ていけばいいの、子どもたちはどうするの、お義母さんはどうするのと立て続けに聞かれて、僕が出て行くと言いました。母はどうしようと一瞬、思ったんですが、彩花が『私たちがここに残っていいなら、私はお義母さんとこのまま暮らすわ』と。今日はもう帰らないと決めた日の朝、息子が『日曜日はキャッチボールだよ』、娘が『その前の土曜日は遊園地だからね』と言ったんです。起業してからなかなか一緒に遊べなかったんですが、霧子と関係が深まるにつれ、子どもたちへの罪悪感が強まって、そのころは毎週末、ふたりと遊んでいたんです。ふたりの週末の予定を聞き、わかったと返事をしながら外へ出たとき、涙がこぼれました。オレは間違った方向に進んでいる。わかっているのにやめられない。霧子は沼だと、どこかでわかっていた」

 なのに沼に向かって彼は飛び込んだ。霧子さんのマンションに転がり込んだものの、彼女は外食が基本で、時間があっても料理はしない。そもそも、20代で起業するなんてすごいと思っていたのだが、霧子さんの会社は彼女の父親が実質的に運営しているもので、彼女は「お飾り」の社長にすぎなかった。文剛さんはそれも、うすうすわかっていた。それでも飛び込んだのだ。

「もちろん、彼女自身も勉強していたし、それなりにがんばってもいたようです。ただ、裏にはいつも父親の陰が見え隠れする。彼女が華やかに振る舞うほど、父親の会社にもいい影響があったんでしょう。父と娘は仕事上、持ちつ持たれつの関係だったようです」

いざ暮らしてみると…「別人」

 霧子さんの華やかな世界に同行しながら、文剛さんは自分の世界にも力を注いだ。だが、だんだんと霧子さんと一緒にいることに疲弊していく。そのうち、霧子さんは帰宅が遅くなったり外泊するようになった。婚姻届も出して結婚したのに、妻としてどうなんだと文剛さんが怒ると、霧子さんは「あなた、やっぱりあんまりおもしろくない」と言い捨てた。

「セミナーで会ったときの霧子と、実際に一緒に生活してみた霧子は別人のようでした。彼女はそうやって外では仕事のできる頭のいい女を演じていたんでしょう。演じられるだけの実力はあるのだから事業に力を注げばいいのに、そこは父親との確執や甘えが複雑に絡んでいるらしい。僕は彼女のわがままを聞いてくれる、理想の父親を求められたのかもしれません」

 霧子さんは帰ってこなくなった。彼女が飼っている猫が不憫で、文剛さんは猫と一緒に夜を過ごすようになった。

「あるときから急に食欲がなくなって、食べても気持ちが悪くなって。自分でも顔色が悪いと思ったので、職場のスタッフにも促されて病院に行きました」

 毎年、健康診断は受けていたが、霧子さんとのもめ事から気力をなくして受け損なっていた。しかもあんなに順調だった会社の売り上げが、ふと気づくと激減していた。仕事のパートナーである先輩がひとりで奔走していたのだが、彼はどこか他人事のように聞いていた。心ここにあらずだったのだ。

「大病を宣告され、先輩に相談すると『会社ももう無理かもしれない。規模を縮小しよう。まずはきみが健康を取り戻すのが最優先だ』と言われました。返す言葉もありませんでした。業務日誌や書類を見ると、先輩がどれほど大変だったかがわかった。治療をしながら仕事もする。だから縮小してもいいから続けてほしいと懇願しました」

 すでにスタッフも減っていた。彼はそんなことも理解せずに霧子さんとの関係に溺れ、関係がうまくいかなくなってからは不安に怯え、結局、何年も仕事に本気で身が入らなかったのだ。そのことに自分自身でさえ気づいていなかった。

「そこから手術や内科的治療などをして、とりあえずは落ち着きました。その間に霧子とは離婚しました。思い出すのは、いつでも変わらず気を遣ってくれた彩花のこと。でも彩花はもちろん、子どもたちにも僕からは連絡できなかった。今さら、どの面下げてと思われるだけですから……」

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