盗んだ1600万円で豪遊の「中1男子」 接近した「夜の世界の大人たち」と「消えた1000万円」の謎【昭和の衝撃事件】
コインロッカーの鍵はどこへ
それから一同は六本木へと繰り出した。少年の着ていたジャンパーは紙袋に納められ、Cの車のトランクにしまわれたらしい。そのジャンパーのポケットに1000万円を預けたコインロッカーの鍵が入っていたという。
その夜、午前0時ごろにホテルへ戻ったのは、少年とC、「ママさん」、Cの男友達、バーの女性3人の計7人。ジャンパーの入った紙袋は、少年の部屋の洋服ダンスに納められた。
Cと「ママさん」は午前1時半ごろに帰り、少年は女性の1人と同衾。ホテルに泊まった連中は、翌3日も昼間から酒盛りを始めた。
宴の終わった4日、少年はジャンパーのポケットの中にコインロッカーの鍵がないことに気づく。午前11時ごろ、慌てた様子で新宿の洋品店に現れ、「鍵が落ちていなかったか」と尋ねた。
翌5日、なぜか少年は苗場プリンスホテルに出かけ、その日のうちにトンボ帰り。京王プラザホテルにチェックインすると、夜9時ごろにCがやってきた。
コインロッカーの鍵がなくなったことを聞いたCは、「何が入っているのか」と尋ねる。少年が盗んだ金であることを告げると、「それはまずい。じゃあこれでお互い会わないことにしよう」――ざっと、そんなやりとりが交わされたという。
その後、Cは「ママさん」と姿を消した。
なぜ新潟で捕まえてくれなかったのか
少年は小学校6年の時に自転車やステッカーなどを盗んだ前歴があり、中学に入ってから車上狙いに手を染めた。1982年9月、父親の経営する会社が倒産。両親が別居を始めたため、少年は母親宅で食事をし、夜は父親宅へ帰るような生活となった。
12月25日には完全に家を飛び出すが、その年の秋から車上狙いなどを126件も重ねていた結果、1983年1月16日に補導。それでも仲間内のケンカなどトラブルが絶えず、あげくに1600万円を盗んだ。
以前の母親は、少年が盗んだ物を見つけるたび、相手を探して返しに行ったり、警察署へ届けたりしていた。その母親はこういう。
「2月の10日だったと思いますが、刑事さんが来られ、(盗んだ通帳から預金を引き出した)銀行で撮ったVTRの写真を見せられました。体の形とか服装から、あの子だとすぐ分かりました。それから10日くらいして、警察から電話で、『女友達のところに電話があり、新潟にいることが分かった』と聞かされました。『スキーが好きだから新潟に行ったのでしょう』と答えましたが、その後、刑事さんは新潟に行っていないのではないでしょうか」
「自分が行かなかったことは後悔しているが、警察はなぜ新潟で捕まえてくれなかったのか」と母親は続けた。新潟で捕まえていれば、使った金額も少なく、1000万円も蒸発せずにすんだという意見である。ともかく、1600万円を盗んで遊び歩く中学1年生が出てくる時代となり、そうした少年を手ぐすねひいて待っていたのは、夜の商売人たちだった。
(以上、「週刊新潮」1983年4月21日号「豪遊『中学1年生』が盗んだ1600万円をめぐる『綺譚』」より)
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「東京のドラ息子が受験疲れで来たのでは」――豪遊先の新潟では、そんな憶測も流れていた。第1回【中1男子が「1600万円」を盗んだ昭和の衝撃事件 新潟でスキー、デートクラブ利用、スーツ姿で歌舞伎町サウナの「豪遊ぶり」】では、少年が逮捕されたサウナや宿泊したホテルなどから話を聞いている。
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