錦糸町に敗れた「両国」の悲運 “快速停車”を逃し長い低迷…今春はじまる巻き返し策の総仕上げ

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鉄道網もフル活用

 鈴木都知事が都庁移転のために打ち出したのは、そうしたハコモノだけにとどまらない。東京都荒川区・北区・足立区を走る日暮里・舎人ライナーや東京・千代田区の秋葉原駅と茨城県つくば市のつくば駅を結ぶ常磐新線(現・首都圏新都市鉄道つくばエクスプレス)といった鉄道網の整備も都庁移転を実現させる道具としてフル活用された。

 日暮里・舎人ライナーは、主に足立区の鉄道空白地帯となっていた舎人エリアのアクセスを改善させることに成功。いまや全国でもっとも混雑する路線となっている。

 つくばエクスプレスは高度経済成長期に政府が考案した筑波研究学園都市と東京との距離を縮めることに主眼が置かれてきたが、開業後は想定以上に沿線開発が進み、沿線のベッドタウン化を担う路線となっている。

 都庁移転と引き換えに建設されたハコモノと鉄道は、政治的な使命を色濃く帯びていたものの、今ではそうした思惑を超えて東京都にとって欠かせないインフラとして周知されている。

ところが現在は…

 しかし、鈴木都知事が1995年に退任してから30年以上が経過し、それらのインフラは当然ながら経年劣化している。

 葛西臨海水族園は建て替え議論が起き、一時期は小池百合子都知事がガラスドームの建物を結婚式場へと転用するアイデアを披瀝すると、設計を担当した建築家の谷口吉生氏は猛烈に反対。そのため、建て替え議論は紛糾した。現在、東京都は新たな建物の整備を進めつつ、既存のガラスドームについての活用を模索中だ。

 一方、江戸東京博物館は2022年にリニューアルを発表して休館。特に建物をいじるということなく、展示内容の刷新に努めた。そのため、葛西臨海水族園のような反対は起きず、2026年3月31日にリニューアルオープンを果たす。

 江戸東京博物館は両国国技館が隣接していることから、大相撲観戦とセットで訪れる訪日外国人観光客が多かったが、そうした両国に根付く文化をいち早く察したのがJR東日本だった。

 両国駅の歴史を紐解くと、総武鉄道のターミナル駅として1904年に開業。当時は両国橋駅という駅名だった。また、両国駅西側に隅田川が流れているが、開業当時は隅田川に鉄道橋を架けることができず、両国橋駅は終点となっていた。

 そのため、千葉方面から東京を目指してきた乗客たちは、両国橋駅で下車して東京市電(後の東京都電)に乗り換えなければならなかった。

 こうした不便な状況は、1932年に鉄道橋が架橋されたことで解消される。両国駅で止まっていた総武線は御茶ノ水駅まで乗り入れることになり、利用者の利便性は飛躍的に向上した。

 その一方、両国駅は単なる通過駅になってしまい、乗換客を目当てにしていた飲食店や物販店などは売上を減少させることになる。当然ながら廃業する店も出て、ターミナル駅として繁栄してきた両国のにぎわいは減退した。

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