妻を子宮がんで失って3年 「不倫じゃないのに…」51歳夫が再婚を考えた相手を娘たちが“拒否”するワケ

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プロポーズするも…娘ふたりは大反対

 万里子さんは離婚経験者だが今は独身であること、子どもはいないことなどを世間話のついでに聞き出し、彼は「今度は食事に誘ってもいいですか」と尋ねた。「あなたの再検査が何でもなければ」と万里子さんは微笑んだ。

 幸い、康太さんの健康状態に問題はなかった。それからふたりはときどき会うようになった。妻が在宅で療養していたころ、万里子さんが康太さんの気持ちに気づいていたこともわかった。疑似恋愛に陥りやすいシチュエーションだから、そういうときはあくまでも職務として対応するが、「あのときの私の気持ちも複雑だった」と万里子さんは、会うようになって半年たってやっと打ち明けてくれた。

「妻が亡くなって3年たって、僕は万里子にプロポーズしました。子どもたちも大人になっているし、理解してくれると思っていた」

 ところが娘ふたりは大反対だった。しかも「あのときの看護師」と聞いて、父親が不倫をしていたのだと決めつけた。再会して時間をかけてつきあうようになったと言っても納得してくれない。「ママが生きているころから、そういえばパパが彼女に向ける視線はおかしかった」などと長女が言い出す始末だ。ふたりにとって、母の死はまだ受け入れがたい現実だったのかもしれない。

「不倫などするはずがない。僕はママを愛していたと娘たちに言ったけど、ふたりとも感情的になってしまって。『ママがいなくなって1年もたたないうちに他の女とつきあいだしたわけね。それで愛してたと言えるの』と、今度は次女に責められました。次女がキッとなって僕を睨んだその顔が、やけに海老名に似ているような気がして、僕も感情的になり『ふたりが反対してもパパは結婚するから』と宣言してしまいました」

「再婚しよう」と「様子を見よう」をいったり来たり

 長女は25歳、今は就職して家から通っている。22歳の次女は大学院に進学予定だ。ふたりとも毎日、母の仏壇前に座ってから1日が始まる。そんな状態のところへ父の再婚を受け入れられるはずもないのかもしれない。

「気持ちについて言えば、僕は確かに妻が生きているころから万里子を好きになっていた。でも形として恋愛ではなかった。再会後も友だち関係が続いた。恋愛という形になったのはここ1年ほどのことです」

 娘の反対を押し切って結婚する手はあるが、それは万里子さんが望んではいない。結婚したり同居したりしなくても、「このままでいいんじゃないかしら」と万里子さんは言っているそうだ。

「万里子は44歳になります。他の人と結婚なんかしないからと言ってくれていますが、いつ誰に奪われるかわからない。ずるずるつきあうより、僕はきちんと結婚したいんです」

 家を出て再婚しようと思うと彼は言った。それが娘たちとの絶縁となってもしかたがないと。かと思うと、別の日には「やはりしばらく様子を見ようと思います」というメールが送られてくることもある。彼自身、決断がつかないのだろう。妻のことは愛していたと言いながらも、やはり妻が裏切った瞬間があったのではないかという疑惑も持ち続けている。すべてをクリアにはできないし、するつもりもないのだが、「このままだと先には進めないような気がする」というのが本音のようだ。

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 康太さんの胸の内では、再婚問題、そして亡き妻の疑惑のふたつがくすぶりつづけているようだ。彼が美千惠さんに疑念を抱いた「理由」、彼女と海老名さんとの対面の様子は【記事前編】で紹介している。

亀山早苗(かめやま・さなえ)
フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。

デイリー新潮編集部

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