東京ドームはガラガラ、4割弱しか開催を知らない有り様…「WBC」第1回大会のあまりに残念だった開幕時を振り返る

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ユニフォームに生き続ける、王のポリシー

 後年、イチローは、第1回WBCへ参加を決めた理由の1つを、こう語っている。

「“王監督が話をしたがってる”と伝え聞いて、自分から電話をかけた。そしたら、第一声が、こうだったんです。

『はい、王ですが』。

 僕の携帯は、番号非通知で発信していた。誰からかかって来てるかもわからないのに……。本当に誠実な人柄を感じたんです。偉大な選手は何人もいる。だけど、偉大な人間というのは、そうはいませんよ」

 準決勝で値千金の2ランを放った福留も、こう語る。

「1度は代表入りを断ったんです。だけど、もう1度、言って貰えた。凄く意気に感じました。これで出なければ、男として恥ずかしいと思いました」

 当時の千葉ロッテからは8選手がWBCに参加。帰国の翌日、早くもソフトバンクとのオープン戦に向かった。バスで福岡ドームに横付けすると、正面玄関に、1人の男が待っていた。

 王監督だった。WBCに参加してくれた選手に、改めてお礼を伝えたかったという。代表選手選出に苦悩していた1月上旬の、王監督のコメントが残っている。

「1回目を始めなければ、2、3回目はない。サッカーのワールドカップや五輪だって、約100年の間に回を重ねて今の土台を作り上げた。WBCも、先ずはスタートに協力して行かないと……」(2006年1月7日。福岡空港にて)

 積み上げて来た日本の選手、ファンの野球愛が、今回も爆発すると信じたい。なお、1回目のWBCユニフォームのアイデアを出したのは王監督。「勝利のイメージで、赤を入れて欲しい」と希望したという。そのポリシーは、今回も、海外試合で着用となるビジターユニホームに活きている。

※1:2011年、「スポーツ・イラストレイテッド」が元メジャーリーグの選手を中心におこなった「選手に対立的な審判」投票にて(拙訳)。

瑞 佐富郎
プロレス&格闘技ライター。早稲田大学政治経済学部卒。現在、約1年ぶりの新著『10.9 プロレスのいちばん熱い日 新日本プロレスvsUWFインターナショナル全面戦争 30年目の真実』(standards)が重版出来中。また、プロ野球ライターとしての顔もあり、「人を動かす言葉」(野村克也・新潮社)、「プロ野球視聴率48.8%のベンチ裏」(槙原寛己・ポプラ社)など、多数の野球書籍の構成、執筆も同筆名で務めている。

デイリー新潮編集部

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