日本各地で次々と倒壊…「たかが街路灯」すら維持できない国の暗澹たる未来

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危険は日々拡大している

 たとえば下水道。昨年1月、埼玉県八潮市で発生した陥没事故は衝撃的だったが、総延長が49万キロメートルといわれる下水道は、耐用年数とされる50年を超えるものが、2030年には全体の16%に達する。維持管理や更新が急務だが、2018年に経済財政諮問会議の作業部会が試算したところでは、その費用は2019年からの30年間で38兆円程度になるとのことだった。昨今の建設費や人件費の高騰を考えると、いまでは50兆円では済まないのではないだろうか。

 それにいうまでもないが、インフラは下水道だけではない。同じ作業部会の試算では、下水道に河川やダム、砂防などを加えた国交省所管の12分野の施設で、維持管理や更新に要する費用は、同じ30年間で176兆5,000億~194兆6,000億円とされていた。いまなら200兆円を軽く超えるだろう。しかも、ここには厚労省所管の上水道、鉄道会社や高速道路会社の施設は含まれていない。

 日本は戦後、とりわけ高度経済成長以降、将来にわたって私たちの利便性を向上させるという建前のもと、国土をコンクリートと鉄で徹底的に固めてきた。だが、それらは補修や交換を繰り返さないかぎり、むしろ私たちを脅かす。道を歩けば街路灯が倒れかかり、自動車を運転すれば道路が陥没して転落し、橋を渡れば橋ごと崩落する。すでに私たちは、そんな危険と隣り合わせにいて、危険は日々、着実に拡大している。

 福島の原発事故の直後には、微量の放射能をも怖がって、西方に転居する人がいた。コロナ禍においては、外出を避けて家にこもるのが一般的になった。筆者はその程度のリスクを避けようと行動するのは、生じるデメリットを考慮すればナンセンスだと考える。だが、いま挙げた事例と同様にリスクを避けたければ、すでに多くのインフラの老朽化により、日本は外出するのが危険な国になっている。

不要なインフラを処分するにも金がかかる

 では、上に記したような規模の予算を投じて、インフラを維持管理および更新する余裕が、日本にはあるのだろうか。冒頭に紹介した出生数の急減を考えると、かなり暗い気持ちにならざるをえない。

 厚労省の発表によると、2025年の出生数(速報値)は70万5,809人で、統計を開始した1899年以降で最小になった。しかも、これは日本で生まれた外国人を含む数値。日本人だけの出生数は昨年の68万6,173人を下回り、66万人台になる可能性も指摘されている。また、国立社会保障・人口問題研究所は2023年に公表した試算では、外国人を含む出生数が70万人台になるのは2042年のはずだったから、少子化のペースは予測より17年も早いことになる。

 なにしろ、わずか10年で出生数が3割も減ってしまったのである。結果として人口の減少も速度を増し、昨年の人口の自然減は89万9,845人と、18年続けて過去最多を更新。香川県の人口とほぼ同じ人数が1年で減ってしまった。

 こうなると、これだけのインフラを維持するのに必要な労働力人口が維持できない。結果として維持費が捻出できなければ、これらのインフラはますます私たちの生活を脅かすことになる。それに、そもそも人口が急激に減少するなかで、これほどの規模のインフラなど不要になることも疑いようがない。だが、不要だからといって放置すれば、やはり私たちに危険をもたらす。撤去したり廃止したりするためには、かなりの費用がかかる。

 しかし、それは私たちが、また、私たちの子孫が、将来にわたって安全に暮らしていくために欠かせない費用のはずである。では、それをどう捻出するか。先の衆院選やいまの国会で議論されているような減税の余地など、微塵もないことだけはまちがいない。

香原斗志(かはら・とし)
音楽評論家・歴史評論家。神奈川県出身。早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業。著書に『カラー版 東京で見つける江戸』『教養としての日本の城』(ともに平凡社新書)。音楽、美術、建築などヨーロッパ文化にも精通し、オペラを中心としたクラシック音楽の評論活動も行っている。関連する著書に『イタリア・オペラを疑え!』(アルテスパブリッシング)など。

デイリー新潮編集部

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