「稲葉浩志」と「タッチ」の組み合わせは絶妙なバランス WBC応援歌がバズったワケ

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選手たちがハイタッチ

 楽曲と歌手の組み合わせで違和感を生んでいるだけではなく、スペシャルムービーの映像の中にも違和感が仕込まれている。歌詞の内容と映像を露骨にリンクさせている箇所が見られるのだ。「お願い タッチ タッチ ここに タッチ」のところで、選手たちがハイタッチしている映像が挟まれる。「手をのばして 受けとってよ」のところで、野手が手を伸ばしてボールを捕る瞬間の映像が挟まれる。

 歌詞をここまで文字通りになぞるのは、思わず笑ってしまうような演出ではあるのだが、プレーしている選手や歌っている稲葉は真剣そのものであるため、この映像自体もふざけているのか本気なのかわからず、絶妙な違和感をかもし出すものになっている。違和感で興味を引くという特殊な手法が用いられているとしか考えられないのだ。

 歌手と楽曲のチョイスも絶妙だった。稲葉浩志と「タッチ」は、年配層にとっては懐かしくて親しみやすいものに感じられる一方、若者にとっては新鮮に見える。歌手にも楽曲にも、大衆性と良い意味でのチープさがあって、そこがとっつきやすさにつながっているような気がする。

 WBCの大会応援ソングを決めるにあたって、制作陣はもっと真正面から感動を煽るようなわかりやすい楽曲を選ぶこともできたはずだ。若者に人気のバンドや歌手に制作を依頼するというやり方もあっただろう。それでも多くの人は満足できたはずだ。

 しかし、今回の制作陣はそのような無難な道を選ばなかった。全世代の幅広い層を対象にするWBCという大会を盛り上げるために、あえて違和感を与えることを選んだ。何の印象にも残らないよりは、違和感でもいいから見る人の心に何かを残した方が良い。コンテンツ飽和時代に頭一つ抜けるための戦略としては画期的なものだったと言える。

 これからWBCが始まると、いたるところで“稲葉タッチ”を耳にするようになるだろう。最初は違和感を覚える人もいるかもしれないが、何度も聴いているうちにそれが耳に馴染んできて、良さを感じられるようになる。この曲がスポーツイベントの応援ソングの新たな可能性を切り拓いた功績は大きい。違和感から始まった“稲葉タッチ”は、やがて大会の記憶そのものと結びつき、私たちの中で新たな「定番」へと変わっていくのかもしれない。

ラリー遠田(らりー・とおだ)
1979年、愛知県名古屋市生まれ。東京大学文学部卒業。テレビ番組制作会社勤務を経て、作家・ライター、お笑い評論家に。テレビ・お笑いに関する取材、執筆、イベント主催など多岐にわたる活動を行っている。お笑いムック『コメ旬』(キネマ旬報社)の編集長を務めた。『イロモンガール』(白泉社)の漫画原作、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと「めちゃイケ」の終わり 〈ポスト平成〉のテレビバラエティ論』(イースト新書)、『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)、『松本人志とお笑いとテレビ』(中公新書ラクレ)など著書多数。

デイリー新潮編集部

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