「長かったな、カミサンと両親にすぐ電話してやれ」 天才「立川談志」、毒舌家だからこそ涙を誘う“弟子への褒め言葉”
夕刊紙・日刊ゲンダイで数多くのインタビュー記事を執筆・担当し、現在も同紙で記事を手がけているコラムニストの峯田淳さんが俳優、歌手、タレント、芸人ら、第一線で活躍する有名人たちの“心の支え”になっている言葉、運命を変えた人との出会いを振り返る「人生を変えた『あの人』のひと言」。第57回は落語家・立川談志さん。破天荒な人生がよく語られますが、お弟子さんとのホッコリするエピソードを。
【写真4枚】混迷する今の世の中を、談志だったらどう斬るか? 煙草を手に熱く語る姿
「叱る、褒める、教える」は三位一体
暴挙とわかった上で、立川談志について書いてみようと思う。
弟子の立川談慶でさえ、著書『天才論 立川談志の凄み』(PHP新書)で〈さて、そんな師匠・談志の天才論を記してみます。神をも恐れぬ暴挙ではありますが…〉と序論で書いているように、百年、いや千年早いと言われるのは先刻承知。筆者なりに談志が弟子を怒ったり褒めたりした言葉、それは「ハートウォーマー」(談慶)で、実は人情家だった面にだけスポットを当ててみたい。
談志の場合、叱る、褒める、教えるは別々のことではなく表裏、いや三位一体、同義語だったのではないか。前掲書にこんなエピソードが載っている。
談慶が談志をのせて車を運転していた。車両通行止めになっている右折道路に差しかかった時に、右折が近道だと談志に言われ、仕方なく従ったという。ところが、案の定、警察に呼び止められた。そこからが秀逸だ。
〈師匠は後部座席から私の頭を叩きながら、
「すみません、こいつが大丈夫だと言ったもんで。だから言っただろ、ここは通っちゃいけないって!」
警察官も、相手が生の立川談志と知って驚き、笑みさえ浮かべながら、
「まあまあまあ、仕方ないですよね。じゃあ誘導しますから、バックで出て行ってください」
…彼らが去って行ったのを見届けながら〉
そして、こう言ったそうだ。
「いいか、警察官には、逆らうな。仲良くしとけ」
まるでコントのオチみたいだが、含蓄ある処世術になっているのはさすが。怒っているのか、教えているのか、開き直りか。それでも説いたのは世の道理だ。
談志に弟子入りし、その後、ビートたけしの弟子になってたけし軍団入りしたダンカン(当時は立川談かん)は本人曰く「不肖の弟子」。「ダンカンの笑撃回顧録」という連載を長くやっていただいたが、数々の失敗談にはそれこそ衝撃を受けた。
「金魚の鉢に洗剤を入れたり、植木泥棒したり、揚げ句の果てには師匠の大切な着物を羽織っての一人大宴会を催したり」……その中で、植木騒動は〈弟子も弟子なら師匠も師匠の遠き昭和の物語〉として綴ってもらった。
ある日、ダンカンは談志に庭の草むしりを命じられた。「お前が草だと思ったら抜け」と言われたのだが、師匠への日頃のモヤモヤを晴らそうと、庭の植木まで根っこから引っこ抜いた。帰宅してそれを見た談志に「バカ野郎、だれが植木を抜けって言ったー!!」と烈火のごとく怒られた。
それをリカバーするために何をやったのか?
近所には植木屋がいくつかあり、「立派な植木、何本も抜いてきました」と、師匠に詫びを入れるとともに報告した。談志といえども、さすがに虚を突かれたに違いなく、こう叫んだそうだ。
「おまえ…植木を…でかしたア!!」
談志としても、この時ばかりは、意表を突く“力技”で応戦した弟子を、褒めるしかなかったといったところか。ダンカンは最後、「植木屋さん、スミマセンでした」と締め括った。
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