電車通学の学生も自宅から駅までは“親が車で送迎”…「最寄り駅まで徒歩50分」が当たり前の地域で“車がない”ことの苦労を地方在住の編集者が明かす

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 高齢者が自動車を運転し、交通事故を起こすと、ネット上では必ず「高齢者の免許返納年齢を義務化すべき。できないのであれば、認知テストをもっと厳しくするべき」という意見が出る。これに対し、「地方では車がないと生活できない。買い物すらできない」という反論が来る。これは、お互いに現状と歴史を理解せねば、永久に平行線を辿る議論である。【取材・文=中川淳一郎】

過渡期に何があったか

 前者は都会育ちの人の感覚で、後者は地方在住者ないしは地方生活経験者の感覚だろう。そんな中、Xのまとめサイト・togetterに『定期的に「田舎は車無きゃ死」みたいな投稿がXに流れるが、自家用車が普及した以前はそうじゃなかったはずだが...→当時の生活について様々な意見』というまとめが登場。これが話題となり、多数のアクセスを稼いだ。

 ここでの問題提起は、マイカーが一般家庭には普及していなかった1970年代以前の人々は田舎で車がなくとも徒歩で生活できていた。それなのに今では「車がないと死ぬ」と主張する人がいる。その過渡期に何があったか私は知りたい、というものだ。

 これに対して、「行商や移動販売が来ていた」「バス網が発達していた」「個人商店が近所にあった」「夕飯の準備の際、足りない調味料に気づいたら近所の人からもらっていた」など、徒歩での生活が可能だったという意見が次々と書き込まれた。

「過渡期」から現在への変遷は、マイカーの普及に合わせて大規模商業施設がロードサイドに次々と建ったことが影響する。当然地元の個人商店は価格と品揃えの面で太刀打ちできるわけもなく、廃業する。路線バスも利用客が減り、赤字がかさむため、廃線せざるを得ない。だから、商業施設が徒歩圏内に多数あり、公共交通機関が発達している都会と同じに考えてはいけない、という話である。

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