電車通学の学生も自宅から駅までは“親が車で送迎”…「最寄り駅まで徒歩50分」が当たり前の地域で“車がない”ことの苦労を地方在住の編集者が明かす

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小学校まで徒歩で往復5時間

 筆者は長く東京で暮らし、その後、佐賀県唐津市に移住した。そうした経験を踏まえて、都会に住む人と、地方に住む人の考え方の違いについて現状を紹介してみたい。

 モノの購入については前述の通りだが、路線バスすら通らない時代を過ごした唐津市の80代農家男性は、山の上から山の麓の小学校まで徒歩で往復5時間かけて通っていたという。「さすがにツラくなかったですか?」と聞いたら「学校に行く手段が他にないから仕方ない。よー頑張ったわ」と言った。

 このように田舎暮らしは根性が必要な面は確かに存在した。しかし、今はほとんどの家庭で成人ひとりに一台と言っても過言でないほど、かなりの割合で車を持っている。それだけ、マイカーが日常生活と切っても切れない存在になっているのだ。私自身は運転免許は持っているものの、運転するのが怖いため、不動産屋がイの一番に提案した「鏡」というロードサイド近くの人気エリアへの居住は諦めた。

「今、鏡地区に若い一家が続々と引っ越しをしています。AEONをはじめとした大型商業施設や、ユニクロやマクドナルド、ヤマダ電機など各種チェーン店も揃っています。いずれも車で5~10分です」

 これが不動産屋の推薦トークなわけで、マイカー利用を前提にするのが地方の現状である。一方、東京時代は「駅まで徒歩5分ですよ!」というのが上位に来る推薦トークだった。だが、地方ではよっぽどの中核駅以外、駅前は閑散としているし、かつて賑わっていたであろう駅前のアーケードもシャッター商店街になっている。それだけ車社会が強固に完成しているのである。上記「鏡」の家にしても、JRの最寄り駅までは徒歩45分はかかる。

「車がないと死ぬ」は大袈裟ではない

 それは通学にも影響を及ぼす。唐津にはJRが通っているが、電車が来るのは20~30分に1本、時には1時間に1本。この電車の発車時刻に合わせ、朝早い時間、続々と制服を来た我が子を親が駅まで“車で”送ってくる。駅から5km、徒歩50分の家なども当たり前なのだ。そして、通学事情によって選ぶ高校も限定されてしまう。

 山間部に住む知人は、小学6年生の息子が市内No.1の県立進学高校に通うことを希望している。というのも、彼女の住むエリアから1時間に1本ある路線バスはその学校にしか停まらないのだ。

 別の高校に受かった場合は、路線バスに19分乗ってJRの駅へ行き、電車待ちに18分、そこから7.2km離れた4駅先の駅へ10分かけて行き、あとは自転車で15分。その進学校に行けば高校の前の停留場に29分で着く。バス停までの徒歩時間は15分だ。進学校へ行けば合計44分だが、別の高校なら1時間17分となる。

 これでも全国的に見ればまだマシな方だろう。人口密度がさらに小さい地域であれば、この路線バスすら走っていない。だから「車がないと死ぬ」は大袈裟ではないのだ。だが、高齢者に対する免許返納圧力が高まる現状、行政や企業も動きだしている。

 唐津市の場合、予約制乗り合いタクシー「チョイソコからつ」を地元のバス会社と組んで開始した。金額は300円で、免許返納者は150円だ。また、セブンイレブンは全国41都道府県で、トラックで商品を運ぶ「セブンあんしんお届け便」を展開している。

 このように、「車がないと死ぬ」に対応する動きはあるものの、一度定着した地方の車社会はすぐには変えられない。すでに人間の消費形態と行動が車社会対応になっているからだ。私も以前は「車がないと死ぬ」はピンと来ていなかったが、地方の現実を目の当たりにした現在はウンウンと首肯するようになっている。

ネットニュース編集者・中川淳一郎

デイリー新潮編集部

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