キャンプでは評判だったのに…シーズンで全く活躍できなかった「ダメ助っ人列伝」

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 春季キャンプでは、チームの浮沈のカギを握る新外国人選手が注目の的になる。打撃練習で快打を飛ばしたり、自慢の速球を披露したりするたびに、「すごいぞ!」と報じられる。だが、来日後、まだ実戦も経験していない段階では、日本の野球に適応できるかどうかは、当然未知数だ。キャンプで評判になりながら、シーズンでは全然ダメだった助っ人たちを振り返ってみたい。【久保田龍雄/ライター】

典型的なダメ助っ人

 セ・リーグ史上最低の助っ人の1人に挙げられるのが、2000年に中日入りしたディンゴだ。

 前年、ブルワーズで打率.309、21本塁打、62打点の成績を残したバリバリのメジャーリーガーは、シドニー五輪に母国・オーストラリア代表として出場するため、あえてFAとなり、日本でプレーする道を選んだ。

 当時、MLB所属選手は五輪に参加できなかった。ディンゴは、五輪期間中の9月11日から最大で同28日までチームを離れることを条件に、中日と1年契約を結ぶ。連覇を狙う中日にとっても、4番・ゴメスにディンゴが加わる強力打線は魅力だった。

 キャンプ初日の2月1日、ディンゴは広角打法で46球中、8本の柵越えを放ち、「オレは(ホームラン)何本打てばいいんだ。30本か40本か?」と豪語した。

 さらに、五輪でチームを離れるまでに「2位以下に大差をつけていれば」と前半戦での固め打ちを約束した。

 ところが、いざシーズンが開幕すると、最初の2カード6試合で20打数3安打とつまずいた。その後、2軍落ちするなどして、日本の野球に適応できないまま、出場わずか18試合の打率.180、1本塁打と典型的なダメ助っ人で終わった。

 中日といえば、落合博満監督から最高評価を受けながら、不発に終わったディオニス・セサルを思い出すファンも多いはずだ。

 2009年にメキシカンリーグで首位打者と盗塁王を獲得し、MVPに輝いた内外野どこでも守れる器用なスイッチヒッターは、ウインターリーグ期間中に中日の入団テストを受け、年俸25万ドル(当時のレートで約2200万円)で契約した。

 翌10年2月1日、沖縄キャンプ初日にフリー打撃の打席に立ったセサルは、41スイング中22本ヒット性の鋭い当たりを放ち、存在をアピールする。

 22本の内訳は、左打席で左翼に2本、中堅に6本、右翼に3本、右打席で左翼に5本、中堅に4本、右翼に2本と、左右どちらの打席でもコースに逆らわずバランス良く広角に打ち分けた。

 同12日には、落合監督から「お前は今まで見てきたどの外国人よりも質が高い」と言われ、「ボスに褒められたんだ。最高に気分いいよ!」と大喜びだった。

 だが、オープン戦では規定打席に達した打者の中で最低打率の.119と惨憺たる結果に終わる。開幕後も打率.215、1本塁打、10打点、2盗塁、4盗塁死と結果を出せないまま、1年でクビに。

 「あれ(2月12日)からおかしくなってしまった。日本の野球に合わせようとし過ぎたんだ。ふだん褒めない人間が褒めるとろくなことがない」と落合監督をボヤかせた。

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