ヤクザ抗争、違法スカウトにトー横キッズまで…眠らない街“歌舞伎町”と対峙する「東京で最も古い警察署」150年の歴史
署歌がある
その後、淀橋警察署と名称を改め、現在と同じ西新宿に庁舎を構えていた。「新宿警察署」となったのは昭和44(1969)年から。
「名称変更の理由は、淀橋警察署が設置されていた『淀橋区』が『新宿区』に変更(昭和22年)されて約20年が経過し、『新宿』という地名が全国的に周知され、『淀橋』の名称が実情に沿わなくなったため改称されました」(警視庁広報課)
同署は、警視庁の署の中でも「大規模署」に分類されており、警視正の署長のもと(現在は佐藤雅一署長)、警務、会計、留置管理、交通、警備、地域、刑事、生活安全、組織犯罪対策の各課が設置されている。これだけ多くの課があり人員がいることなどから、「日本最大の警察署」として紹介されることもよくあるのだが、
「現時点の新宿警察署の定員は654人となります。他県警察の定員を把握していないため、日本最大の警察署であるか判断いたしかねますが、警視庁管内における最大人員の警察署となります」(同)
ジャーナリストの久保博司氏は、昭和57年7月14日から1週間、新宿警察署を密着取材している。当時の署内の様子を『日本の警察 警視庁VS.大阪府警』(講談社文庫)の中で紹介しているが、庁舎の五階講堂の正面に墨書された署歌を紹介している。
〈一、文化の息吹はつらつと 大ターミナルの朝ぼらけ 都の城西治安は堅し 未来の夢をえがきつつ 若き血潮はほとばしる おお新宿警察署
二、微風わたる新都心 武蔵野いずこ摩天楼 都の城西治安は堅し 英知と技を磨き合う 若き血潮は高鳴りぬ おお新宿警察署〉(前掲書より)
当時の庁舎は5階建てで昭和44(1969)年に建てられた。年間およそ7000件もの刑事事件を抱える多忙さと手狭になったこともあり、平成4(1992)年に現庁舎に建て替えられた。約73億円をかけ、地上13階、地下4階の威容を誇り、高さが62.5メートルあったことから、竣工時には「日本一のノッポ警察署」と紹介された。また、歌舞伎町地区に外国人が目立ち始めたことから、警察署としては初めて通訳センターも設置されている。
歌舞伎町の象徴
新宿警察署管内には11の交番があるが、わけても有名なのは歌舞伎町交番だろう。年末年始の一斉警戒の時期になると警視総監が訪れ、周囲を巡視するニュースが流れる。昨年も12月19日、迫田裕治警視総監(当時)が、歌舞伎町交番を訪問している。また、テレビの密着番組でもおなじみだ。
警視庁広報課によると、歌舞伎町交番の設置は昭和23(1948)年2月28日。現在の場所に移転したのは同44年9月30日で常時、15名程度の警察官が詰めているという。本署建て替え翌年の平成5(1993)年3月に地上4階、地下1階の大型交番として建築され、日本一の歓楽街である「歌舞伎町地区」のほぼ全域を管轄している。
「私が取材したときは地域課長代理の警部以下、精鋭が交代で詰めていました。一見して不審な人物を見ぬく眼力に長けた職務質問の達人が何名かおり、若い警察官に現場で技術を伝授していました。勤務員は皆、足が速く、事案があるとさっと駆け出していく。走りながら周囲に目を凝らし不審者や逃亡者がいないか、同時に見ている。場所柄もありますが、とにかく緊張感のある交番でした」(元社会部記者)




