【特別読物】「救うこと、救われること」(12) 又吉直樹さん

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 吉本のお笑い芸人で、小説『火花』で芥川賞を受賞した又吉直樹さんは、子供のころから、自分で考えたことを表現したいという思いを抱いていました。お笑いで頭角を現し、作家としても見事に開花した今、小説への創作意欲を持ち続けることが救いだと言います。

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 僕にとってのお笑いの原点を遡ってみると、当時暮らしていた環境にテレビというものがあって、それが最先端の情報を流してくれる装置でした。そこから流れてくる芸人のネタを観るのが、僕にとって一番刺激的に感じられたんですね。それでお笑いというものに自然に興味をもっていったのかなと思います。間寛平師匠や池乃めだか師匠が活躍されていて、面白いなと感じたんです。

 その後小学校5年の頃には、ダウンタウンさんの番組を観始め、ウッチャンナンチャンさんや志村けんさんもいたし、深夜番組の若い芸人さんのネタに刺激されて、自分で作ってみたいと思い始めたんでしょうね。

まず先に表現欲求があった

 ただ、テレビを観て芸人に興味を持ったというより、もっとそのずっと手前から表現欲求がありましたね。元々自分で考えたり、自分の考えたものを作ったりするのが好きだったんです。

 学童保育で、『赤ずきんちゃん』を上演したときのことです。関西にいるのに標準語で演じることにすごい違和感を覚えて、台詞を全部関西弁に書き直したんです。頼まれてもいないし、笑わせたいでもない、書き直したいという欲求です。狼が赤ずきんちゃんをつけていく場面は舞台上をぐるぐる回るだけで退屈だから当時テレビで流れていたCMの曲に合わせて二人を歩かせるという説明を入れて、台本を作り直しました。

 それを発表会で上演したら、大人が笑ってくれて、この感覚、気持ちいいなと感じました。これが小学校2年の時で、テレビでお笑いを観たり、本を読み始めるより前でした。芸人になりたいというより先に、自分で考えたことを言いたいし、やりたい、という思いがありました。その後にテレビでお笑い芸人を観て、もっといろんな表現方法があるんだと刺激を受けました。

『トロッコ』で文学に出会う

 小学校では、先生の話は聞いていませんでしたね。毎日登校していて、先生に逆らったりすることもなく静かだけれど、国語便覧や国語辞典を読んでいたりして授業は聞いてない。扱いにくい子供でしたね。

 低学年の頃って、「ちょうちょがとんでいる」とか「みんななかよし」というのを書いたり読んだりするでしょう、馬鹿にしてんのかと思うくらいで、授業中は妄想の世界に入っていました。4年生くらいから教科書に載っている物語が面白くなって読むようになったんです。

 中学生の時に教科書で芥川龍之介の『トロッコ』を読んで、すごく面白かったんです。それで小説家という職業があることはわかったけど、まだ知識がない。姉の教科書を読んで『羅生門』を知りました。当時、芥川龍之介と太宰治が僕の中で引っかかってきた。その後、友達のお母さんが本好きで、本を貸してくれたことで、太宰治の『人間失格』に出会います。

 頭の中でずっと考え続けていて、

「こういうことは人前で言ってはいけない」と隠していた自分の秘密が、太宰の作品を読んだら全部書いてあったんです。むしろ赤裸々な言葉で表現していた。自分が漠然と考えていたことが、わかりやすい文章で書かれていたことにも感動して、飛びつきました。自分が秘密にしていたことを書いた作家が世の中で一番読まれているという事実に驚くと同時に、すごく楽になりました。

書きたいことがあるのが救い

『火花』を書いたのは34歳の時ですが、それ以前も、ライブのネタとネタの合間に短い物語の朗読を流したり、コラムやエッセイを連載したり、20歳くらいからずっと何かを書いてきました。

 今回の小説『生きとるわ』は、なんでそんなことすんの、みたいな愚かな選択をしてしまう、それを断ち切ることも出来ずに、どんどん流されていってしまう人たちを描いています。僕は誰がみても素晴らしい人を書きたいとは思わないんですね。

 今の世の中、意味とか価値とかを自分で作れなくなっている。他人の評価や数字で確認するというか、意味を外注するようになっています。でも僕は意味は全部自分で作りたい。今回の小説の人物は他者の評価とか数字的な価値を一切与えられていませんが、そういう人たちもこの世のどこかで生きているんです。

 そんな僕にとって一番大切なことは、創作意欲が継続されていること。次に何を書くかということに興味があります。書きたいと思った瞬間が一番の救いです。

 救いって、社会的な責任とか不安とか、現実のしんどいことから解放してくれるほどの強度を持つものですよね。僕の場合は、例えば、好きな人たちと一緒にいるときに、特に笑えることも言っていないのに、妙に面白くて笑える瞬間とか、街を歩いていてその一瞬に見た心に残る風景とか、複合的な条件が重なって自分の心が動いた忘れられない瞬間は、全て救いといえます。

 この一瞬があるから、これからもあると思えるから生きていける、そう思わせてくれる人間の営みには、小説の作品も人間も自然も時間も全てが含まれる。小説だけは別という風にはならない。全部なんです。

■提供:真如苑

又吉直樹
1980年、大阪府生まれ。NSC東京校5期生。吉本興業所属のコンビ「ピース」として活動するお笑い芸人。エッセイや舞台の脚本も手掛ける。2015年、『火花』で芥川賞受賞。他に、『劇場』『人間』『東京百景』など著書多数。「ピース又吉直樹公式チャンネル【渦】」でも精力的に活動中。

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