美化されがちな「死」を生々しく… ドラマ『終のひと』が教えてくれる“死生観”

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 葬儀が身近なお年頃になってきた。友人の話では「エンバーミング(ご遺体を修復し、化粧を施す衛生保全処置)をやって本当によかった」そうだ。また、別の友人は「身内が故人の洗髪を体験する納棺式は珍しくて貴重だった」という。いずれも満足度は高かったようだ。私も愛猫の遺骨を真珠にする「真珠葬」を体験。どんな形であれ葬儀とは「残された人が心に区切りをつける」ことだと思う。

 コロナ禍以降「ごく簡素に身内だけで家族葬」が定番となった令和に、青息吐息の葬儀屋が舞台のドラマが登場。主演は連ドラ初主演の柿澤勇人。初回でいきなりステージ4のがん、肺転移もあって余命宣告される主人公・嗣江宗助(しえそうすけ)を演じる。「終(つい)のひと」の話だ。

 嗣江は葬儀屋社長。といっても、事務と経理も担当する納棺師の森文子(慎み深いエロスがしっくりくる筒井真理子)と、二人で回す自転車操業の超零細葬儀屋だ。人手が足りないときは近所の鮨屋主人(仲義代〈なかよしよ〉)に霊柩車の運転を頼んだりもして、経営はなかなかに厳しい。店のホームページも驚くほど古くダサい。

 そこに入社したのは、第1話で嗣江に母の葬儀を頼んで、その手腕に感動した梵(そよぎ)孝太郎(西山潤)。母(堀井美香)が病気とは知らず、母からの最期の電話に出なかった後悔もある。そもそも喪主になることに戸惑いはあったが、疎遠だった伯父(間宮啓行)が急に出しゃばって仕切ろうとするのには納得がいかず。嗣江の協力で、無事に母を自分の手で弔うことができたわけだ。

 母の葬儀を機に、大手医療器具メーカーをあっさり辞めた梵。おべっかと滅私奉公の営業職に嫌気が差していたこともあり、葬儀屋の仕事が尊く見えたようだ。梵は幼なじみでエンジニアのムコ(てっぺい右利き)に頼み、ホームページを一新する初仕事を完了。ただし、依頼主の事情はさまざまで、意外と厄介な案件も多い。

 第2話では金をかけずに自分たちで弔うDIY葬にすると豪語し、葬儀屋を断った兄弟(岩谷健司・福津健創〈けんぞう〉)の話。衛生保全の知識もなく、徐々に腐敗していく母の遺体。次男の妻(工藤夕貴)は馬鹿夫とその兄にブチ切れ、嗣江に改めて依頼。にわか知識で弔えると思うなよ、という教訓でもある。

 また、孤独死した父(狩野謙)と、疎遠だった生活保護受給者の息子(今野浩喜)を描いた第3話。遺産目当てだった息子だが、嗣江の塩対応で目が覚める。亡くなって初めてつながる親子の情。

 それぞれのエピソードには、令和らしい家族観と現実味がある。死はドラマで美化されがちだが、決して奇麗事ではなく思い通りにもならない。死を機に、馬鹿な家族が炙り出される皮肉も、生々しくてリアルだ。

 お人よしというか純粋過ぎて、顧客との距離感を間違える梵。そんな梵を嗣江は背中を見せて育てていく。

 観察眼の鋭い嗣江は元刑事、という設定にも説得力あり。嗣江の余命は心配だが、梵という後継候補ができてよかったという安堵もあり。葬儀屋が体を張って教える死生観は、今後の人生で参考にしていきたい。

吉田 潮(よしだ・うしお)
テレビ評論家、ライター、イラストレーター。1972年生まれの千葉県人。編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。2010年より「週刊新潮」にて「TV ふうーん録」の連載を開始(※連載中)。主要なテレビドラマはほぼすべて視聴している。

週刊新潮 2026年2月12日号掲載

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