実は広告業界に革命を起こしていた「落合信彦さん」出演「アサヒスーパードライ」CMの知られざる功績

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 国際ジャーナリストの落合信彦氏が2月1日に亡くなった。84歳だった。同氏を振り返る記事のほぼ全てに「アサヒスーパードライの初代CMキャラを務めた」という記述が登場する。本稿では、このCMがいかに広告業界では画期的だったか、そしてCM表現を考えるにあたって一つのメルクマールとなったかを振り返る。【取材・文=中川淳一郎】

語り草となった落合氏の「スーパードライ」CM

 スーパードライは1987年に発売されたが、当時はキリンビール一強の時代。「夕日ビール」とも揶揄されたアサヒビールはスーパードライに社運をかけることとなった。そのために重要なCM(を含めた広告)キャラクターに抜擢されたのが落合氏である。芸能人やスポーツ選手、さらには当時景気の良かった日本では“外タレ”を起用することさえあったのに、日本人の国際ジャーナリストとは渋いし、思い切った決断だったと言える。

 スーパードライ発売以前には、シェア10%を割ったこともあるアサヒだが、スーパードライの快進撃で、1990年代にはキリンを抜き、ビールシェア業界トップに躍り出た。落合氏のCM効果もあってスタートダッシュに成功し、その後の快進撃に大いに影響したわけだ。落合氏の訃報が流れた翌2月2日、アサヒビールは松山一雄社長名義で以下のように謝意を表明した。

〈落合信彦さんのご訃報に接し、謹んでお悔やみ申し上げます。落合さんには、1987年のスーパードライ発売時より長きにわたり、ブランド育成に多大なお力添えをいただきました。
 当時のCMは今なお語り継がれ、スーパードライが今日のブランドへと成長するうえで、まさに礎を築いてくれた恩人であり、深く感謝してもしきれません。ご冥福を心よりお祈りいたします。〉

 松山氏が述べるように、このCMと落合氏はいまも語り草となっている。それも特に広告業界で、だ。1997年、私は広告会社の博報堂に入社したが、アクティブな男性がターゲットの広告やPR企画を作るにあたって、会議参加者は「落合信彦のスーパードライみたいなCMがイメージだよね」とよく言っていた。このCM自体が博報堂による制作であることも影響していただろうが、本当に頻繁にこのフレーズは出てきたのである。

 とにかく分かりやすいし、その場にいる誰もがイメージできるのだ。具体的には、有能な男がタフな仕事をこなし、無事成功させたところでビールを飲む、という構造である。「自分へのご褒美」「達成感をその商品とともに噛み締める」といった表現はクライアントからよく求められるもので、その際のメルクマールになるのがスーパードライのCMだったのである。

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