「サカイ」CMで時の人に 華ゆりさんが“ゆっくりしゃべる芸風”で生み出した独自のトリオ芸

エンタメ

  • ブックマーク

リーダーの自殺

 だが89年、ぼたんさんが琵琶湖で入水自殺。リーダーを失い残された二人の漫才の雰囲気は変わった。そんな折、サカイ引越センターのCMで時の人に。

 松竹芸能所属の漫才師として活躍した若井ぼんさんは、約60年もの縁があった。

「ゆりちゃんは私より三つ年下。売れても威張らず、CMが受けてNHKのドラマに出演しても相変わらず。お客に育てられたと言い、人柄に裏表がない」

 2006年、ばらさんが他界、二人で続けた「フラワーショウ」は活動停止に。

「以前から大阪でスナックを経営、芸能人の片手間ではなかった。寝込んだお客を閉店で追い出さずに朝まで営業したり、面倒見が良く人情に厚い。ゆりちゃんや私たちを今も応援して下さる人がいまして、その方のおかげでこの10年以上、毎年数回、親睦会のように集まっていた。ゆりちゃんは歌手になりたかった人で、この親睦の場で歌声を披露、楽しんでいた」(若井さん)

うっすら目を開いて……

 24年には、兄の息子である二代目京山幸枝若さんが人間国宝に認定された。浪曲界から初の快挙だった。

「近い身内ですから、ゆりちゃんはまず驚き、喜んでいました」(若井さん)

 1月18日、悪性リンパ腫のため78歳で逝去。

「お見舞いに伺うと目をつぶっていました。話しかけるとうっすら目を開いた。“分かるかー”と言うたら、少しだけうなずいた。お別れみたいに聞こえてはあかんと思って“また来るよ”と言い、おでことほっぺたに触れて病室を出ました。ゆりちゃんは4日後に亡くなりました」(若井さん)

 表舞台を離れて約20年。扱いは小さくとも訃報が伝えられた。姿と声を記憶に刻む力があった証しだろう。

週刊新潮 2026年2月5日号掲載

前へ 1 2 次へ

[2/2ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。