教室に乗り込んで教師を一喝! 「マギー司郎」のあまりにユニークな話芸を生んだ“母親”の強烈すぎる記憶

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 夕刊紙・日刊ゲンダイで数多くのインタビュー記事を執筆・担当し、現在も同紙で記事を手がけているコラムニストの峯田淳さんが俳優、歌手、タレント、芸人ら、第一線で活躍する有名人たちの“心の支え”になっている言葉、運命を変えた人との出会いを振り返る「人生を変えた『あの人』のひと言」。第53回は先週の「前編」に続いて、見る人をアッと驚かせる奇術師たちの意外なエピソード。前編でも紹介した、マギー司郎さんのさらなる秘話から「後編」はスタートします。

「みんなと同じじゃなくてもいい」

 奇術の世界……こと手品師に限れば、その第一人者は茨城なまりの訥々としてとぼけたおしゃべりが持ち味のマギー司郎(79)をおいて他にいない。実際にお会いするまで、あのユニークなキャラクターがどうやって形成されたのかと、とにかく不思議だった。

 その“タネ明かし”をすればひとえに両親、とくに母親の強烈な存在が根っこにある。

 マギー司郎は9人きょうだいの7番目として、ハンディキャップを背負って生まれた。子どもの頃から右の眼がほとんど見えず、光だけ感じる程度。しかも、左の視力も0.1には届かないくらいだったとか。

 そんな息子に対し、両親は「みんなと同じじゃなくてもいい」と言って育てた。勉強も運動もできない劣等生だったが、その言葉が支えになり、強くなることができたという(マギー司郎著『生きてるだけでだいたいOK』講談社刊より)。

 その代わり、母親は息子を徹底的に守った。学校で嫌なことを言われ、裸足で帰って来た時は、授業中の教室に乗り込んで「なんで裸足で帰すんだ」と、女性教師が泣きそうになるくらいの剣幕で怒ったそうだ。

 前掲書では女性についてこう語っている。

〈そういうおふくろを見ちゃうと、世界って、一番上に神様がいて、その次に女がいて、一番下に男がいるって感じだよね。本当に女は強い…女の人には、理屈を超えた“頑張る”という別のものさしがあるんだよね。熱意を持って頑張る〉

 さて、それでは結婚はどうたったのかというと、いままでに2度、離婚している。相手はどちらも踊り子。その経緯について「その瞬間」というインタビューでこんな風に語ってくれた。

〈最初の時は彼女ができちゃったんですよ。それで話し合いになって、出した結論は「3人で一緒に住みましょう」(笑)。だって男の本音は好きな人なら3人でも4人でも、いいでしょ。今なら許されないことかもしれないけど。あっ、その時もダメでしたね。2度目の時は青砥(東京)の公団に住みました。僕は嫌だなあと思うと家に帰らなくなるんですよ。それで3年帰らなかったの。そうしたら「もう帰って来なくていいです」って。芸人は不安定だけど、女の人は結構たくましくて、別れてもスナックとかで自分の食べる分くらいは稼ぐでしょ。そのまま何もなく別れました〉

 マジックと同様、ユニークといったら失礼か。

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