【ばけばけ】“時の人”で親友とギクシャク程度じゃない 「小泉セツ」の悩みは深く暗かった

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大都市の匿名性のなかに逃げ込んだ

 現在、『ばけばけ』で描かれているのは明治24年(1891)の話で、それから5年後の明治29年(1896)9月、夫妻は東京に引っ越している。帝国大学文科大学(現・東京大学文学部)の英文学の講師として招かれたからだった。大抜擢だったが、ハーンは必ずしも乗り気ではなかった。

 この転身について、セツは『思ひ出の記』に次のように語っている。

「ヘルンはもともと東京は好みませんで、地獄のようなところだと申していました。東京を見たいというのが、私のかねての望みでした。ヘルンは『あなたは今の東京を、廣重の描いた江戸絵のようなところだと誤解している』と申していました。私に東京見物をさせるのが、東京に参る事になりました原因の一つだといっていました」

 実際、セツは廣重の錦絵が大好きだったから、東京に惹かれた面もあったのだろう。しかし、セツが東京に住みたかった最大の理由は、おそらく別のところにあった。小泉凡氏は前掲書にこう書く。

「なによりセツは、大都市の匿名性を好んでもいました。地方では当時たいへん珍しかった外国人の妻として心ない視線にさらされることもありました。大都会ならあまり目立たずに暮らしてゆけますから」

「セツは古くからの思考が生きる城下町の松江より、後に長く住んだ東京の方が落ち着いて暮らせました。首都の無名性の中で、のびのびできた人です。もちろん、郷愁の念は抱きつづけていたと思いますが」

 セツが松江でハーンと暮らして抱いた悩みは、『ばけばけ』のトキがヘブンと暮らして抱いた悩みよりも、はるかに深くて暗いものだったと思われる。

香原斗志(かはら・とし)
音楽評論家・歴史評論家。神奈川県出身。早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業。著書に『カラー版 東京で見つける江戸』『教養としての日本の城』(ともに平凡社新書)。音楽、美術、建築などヨーロッパ文化にも精通し、オペラを中心としたクラシック音楽の評論活動も行っている。関連する著書に『イタリア・オペラを疑え!』(アルテスパブリッシング)など。

デイリー新潮編集部

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