ニセモノ「昭和天皇銀貨」を使って逮捕…記念硬貨に「天皇」「皇族」の肖像が使われない“奥深い理由”
ヤマトタケルの異名は「倭武天皇」
そもそも日本では、明治時代の初期に日本政府が初の紙幣の発行を決定。1872(明治5)年に「ゲルマン札」の異名を持つ明治通宝が発行された。
西洋式印刷技術を用いた紙幣の表面には鳳凰と龍が描かれ、多くの民衆に新たな時代の象徴として歓迎されたが、ドイツのフランクフルトで委託製造されたことから、紙質が日本の気候条件に合わず、変色や損傷が頻発。ゲルマン札に代わる初めての肖像入りの「神功皇后札」が1881(明治14)年に発行された。
「神功皇后の肖像画が採用されたのは、神功皇后が皇室の歴史を語る上で欠くことのできない英雄だからでしょう」(前出の宮内庁関係者)
神功皇后は第14代の天皇とされる仲哀天皇の皇后だが、明治時代までは夫の死後、第15代の天皇になったと認定されていた人物。朝鮮半島に打って出て制圧した三韓征伐の伝説はよく知られており、「神功皇后こそが最初の女性天皇」とする歴史学者も少なくない。天皇・皇族の中で初めて紙幣に肖像が使用されたことも頷けるヒロインなのだ。
他方、日本の紙幣の中で「幻の1000円札」と呼ばれるものがある。それは日本武尊(ヤマトタケル)の1000円札のこと。幻と言われる理由は1944年12月から翌45年8月までの8か月間しか発行されていないから。太平洋戦争末期の混乱期だったため、実際の流通数も極めて限られていた。ヤマトタケルは第12代天皇の景行天皇の息子だ。大和朝廷の勢力拡大のため、ヤマタノオロチを倒したスサノオがアマテラスに献上した、三種の神器のひとつ「草薙剣」を持って東国へ打って出た、東征物語で知られる伝説的英雄である。
ディズニーのアニメ映画にもなったギリシャ神話のヒーローとイメージが重なることから、和製「ヘラクレス」とも呼ばれ、活躍ぶりは『日本書紀』にも『古事記』にも記されている。
東征中に立ち寄った今の茨城県に当たる常陸国の地誌『常陸国風土記』には「倭武天皇」と記述されている“半神半人”の英雄的皇族だ。だが政教分離を原則とする現行憲法下で、戦前は「現人神」と称された昭和天皇が「人間宣言」を既に行っている。戦(いくさ)で活躍した倭武天皇と神宮皇后。政治で結果を残した聖徳太子。こうした英雄は現代の皇室では生まれにくいことは確かだ。
日本社会のキャッシュレス化も一気に進む中、新しい1万円札や500円玉の肖像となる天皇・皇族が、果たして現れるのだろうか。
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