「まだ女を知らないのか…」と言って10代の僕に“手ほどき”した遠縁のおじさん 浮気者の背中から「男と女」を学んで

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「まだ女を知らないのか」

「高校生2年くらいのとき、おじさんに『おまえ、まだ女を知らないのか』と言われたことがあります。どぎまぎして答えられなかった。その数日後、おじさんの知り合いの女性と3人で居酒屋にいき、帰りにその女性にお持ち帰りされました。彼女はおじさんの恋人ではなかった。おじさんは浮気のことを僕がおばさんに言わないよう、同じ穴の狢にしたかったんだろうと思います。そのときは『大人のやることはわからない』と混乱しましたが、今思えば、おじさんはかわいい人だった」

 彼の受験勉強のさなか、深夜に階下からおじさんとおばさんの大げんかが響いてきたことがある。ついさっき、にこやかに熱いうどんを運んできて「がんばってね」と言ったおばさんが金切り声を上げていた。いろいろなものが壁にぶつかって割れたり壊れたりする音も聞こえた。

「浮気がバレたんだろうなと思いました。高校生だってそのくらいはわかります。だけど翌朝、僕が起きて降りていったらおじさんがごはんを食べながら『おはよう』と言い、おばさんが『卵焼きと目玉焼き、どっちがいい?』と聞いてきたのはびっくりしました。ふたりはもう離婚するんじゃないか、朝にはどちらかがいなくなっているんじゃないかと思っていたから、夫婦ってわけわかんないなと思った。うちの親はあんなすさまじいケンカをしたことがなかった。でもおじさんとおばさんは、なんだかんだ言って仲がよかった。あの若い時期に、どういう男女が本物なんだろうかと考えさせられました」

就職し、「腐っていた」時期を支えてくれた啓子さん

 無事に大学に入って20歳になったころ、両親と妹が都内に戻ってきたが、彼は同居はしなかった。おじさんとおばさんの家がおもしろくなっていたからだ。家業を手伝うこともあった。

「僕は大学でデザインの勉強をしていたんです。それを活かせる就職先があればいいけど、そうでないなら就職という形をとらなくてもいいと思っていた。ただ、たまに会うと父からは『どこでもいいから安定した会社に入れ』と言われました。ちょうどバブルが弾けて就職戦線に異状ありという状態だったから、どこかに滑り込めるかどうかギリギリでしたね」

 運がよかったと智博さんは言うが、好きなデザイナーの事務所に入社することができた。ところがここで人間関係につまずく。彼のデザインが、先輩の名前で会社に提出されていたり、雑談で企画を話したらいつの間にか、本当に上司の企画として上がっていたりするのだ。4年ほどたったころ、「クリエイターのくせして、この会社はパクリばかりかよ」と智博さんは社長の前で先輩たちを糾弾し、そのまま会社を辞めた。その数年後、会社は倒産したという。

「腐りきりましたね、人間不信にもなった。そのとき僕を支えてくれたのは、同僚だった啓子です。2歳年上の彼女は、癖のある人間たちのまとめ役でもあった。僕のすぐあとにやはり会社を辞めています。啓子とはときどき会って、愚痴を聞いてもらっていました。彼女もきっとつらいことがあったはずなのに、いつも励ましてくれた」

 彼女のアパートで一緒に暮らすようになった。とはいえ、何の約束もしていない。彼女はそのことにも文句ひとつ言わなかった。そしてすぐに転職して仕事を始めたが、彼はなかなか気持ちを切り替えることができなかった。

 ***

 実家にはなかった「おもしろさ」「本物の男女関係」をおじさんとの生活から見出した智博さん。【記事後編】で紹介する彼の言動に与えた影響は小さくなさそうだ――。

亀山早苗(かめやま・さなえ)
フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。

デイリー新潮編集部

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