「まだ女を知らないのか…」と言って10代の僕に“手ほどき”した遠縁のおじさん 浮気者の背中から「男と女」を学んで

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腹をくくっていた母

 家庭は完全に母子家庭のようなものだったという。父親は仕事一筋の会社人間で、急な出張にも急な転勤にも、一言も文句を言わずに従っていた。週に何度かは酔って帰ったり、いきなり同僚を連れてきたりもしたが、母は何も言わなかった。いつ人が来てもいいように、常に常備菜を用意しておくような人だった。

 たとえば2週間後に東京から札幌に転勤だと言われても、母は平然と荷物を造り、あらゆる手続きを手早くおこなっていた。

「あんな無茶な転勤制度、さすがに今はないでしょうね。当時はまだ、会社のためなら死ねるみたいな人が重用される時代だった。母は、そういう夫と一緒になったのだからと腹をくくっていた。そんな感じだったんでしょう」

 母は放任ではなかったが、干渉するタイプでもなかった。母の中で子どもとの距離感を決めていたのかもしれない。

女性にだらしない「おじさん」

 彼が都内の高校に合格したあとも父の転勤は続いた。ただ、彼は転校するのが嫌だったので、親戚の家から通学することにした。両親と暮らしたのは15歳までだ。4つ違いの妹はその後も父親の転勤につきあわされていた。

「親戚は自営業だったんです。父の遠縁にあたる夫婦で、子どもがいなかったから置いてくれたんだけど、このおじさんが女性にだらしないタイプで……。よく浮気のアリバイに使われました。僕は野球好きだったので、おじさんは『トモを連れて野球を見に行く』と仕事を途中で投げ出す。そして球場へ行くと、女性が待ってる。とりあえず席につくとおじさんはすぐに『いいか、試合が終わったらここに電話するんだぞ』と行きつけの飲み屋の電話番号を渡す。そのままおじさんは出て行って女性とどこかへ行くんでしょうね。試合終わりに電話すると、その店にいることもあればいないこともあって。いないときは店で待たせてもらいました」

 仕事一筋、会社のためなら何でもできる父と、自分の楽しみのために妻に嘘をつきまくるおじさんとの対比は、思春期の彼にはおもしろかった。自分はどっちの道を生きていくのだろうと考えると、どうしてもおじさんに軍配が上がったという。

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