軽度認知症を公表した89歳の名優「山本學」が語る「老いを生ききる」ことの意義 「いまの僕は“人生の幕を下ろす”ことを考えながら日常を生きています」

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「老い」は最古にして最新の社会課題

朝田:孔子は『論語』の中で「七十にして心の欲する所に従えども矩を踰えず」と言いました。學さんの「日常を日常として生きる」という言葉に通じ合うものがあると思いますね。「老いを生ききる」と言っても、何も特殊なことをするわけじゃない。誰もが今までやってきた人生を繰り返すだけだ、ということでしょう。ちなみにお釈迦様は80歳で死んだと言われていますが、当時の平均寿命は40歳以下でした。つまりお釈迦様が生きていた時代、本当の意味で「老い」を考える人は誰もいなかったのです。それどころか昭和でも平均寿命は50歳とか60歳だった。75歳以降を後期高齢者と呼ぶようになったのはつい最近のことで、老いについて深く思考した人類の歴史は存在しないと断言してもいいほどです。「生老病死」のうち生と病と死なら人類は直面してきたけれど、ある意味で老だけが残されてきたのですね。だからこそ、まさしく老いは「古くて新しい」問題なのです。

山本:85歳過ぎると、それまでは1万歩歩けていたのに、やっぱり2000歩に減っちゃう。今の僕は2000歩も無理で、1000歩ならいいほうでしょう。そういう風に体力は確実に落ちていく。そこで抗っちゃダメでしょうね。体力低下に従って生ききればいいのかな、と。勉強なんかしないで釣りにでも行って日向ぼっこして、それで生きていけばいい。日向ぼっこもできなくなったら、やはり僕は家族が面倒を見る必要はないと思いますね。「日常を日常として生きられるか否か」を一種の区切りと考え、私たちの常識や社会の枠組みを考え直す必要があるのではないでしょうか。対談で朝田先生から「イギリスでは孤独問題担当大臣が2018年に創設され、高齢者の孤独問題にも対応している」と教えてもらいましたが、日本でも同じ取り組みが必要だと痛感します。

人生は「舞台公演」と同じ

朝田:「迷いの中に生き、迷いの中に老いていく」という言葉があるのです。迷いとは何だろうと考えると、私は失敗と反省の繰り返しだと思うのです。學さんの1万歩と1000歩の話は非常に示唆的で、日常的に1万歩を歩いてきた人は「これだけ歩いてきたからこそ、自分は健康を維持してきた」という自負があったはずです。ところが老化で体力が落ち、5000歩だ3000歩だということになると、それを「失敗」と解釈して「反省」し、「落胆」してしまう。「自分は3000歩しか歩けない」と落胆するわけですが、テレビでサプリのCMを見ると「これを飲んで努力すれば、体力を取り戻せる」と「希望」にすがりついてしまう。高齢者の皆さんは今、「落胆」と「希望」という両極端の感情に振り回されている印象があります。そのことに気づいた時こそ學さんの「日常を日常として生ききる」という言葉を思い出してほしいのです。

山本:私は俳優でしょう? だから舞台に立った経験が参考になると考えているのです。実は舞台こそ日常の繰り返しなのです。準備して、稽古を重ね、努力して精進して、それでもできないことがいっぱいあるのだけれども、とにかく幕を開ける。いざ公演が始まれば、同じ演技を繰り返すという日常をまっとうすることが大事になってきます。そうして公演の最終日を迎える……。これこそが人生だと思いますね。今の僕はまさに「人生の幕を下ろす」ことを考えながら日常を生きているのです。

 第1回【「山本さんは来年もセリフを覚えられるのか」の声にショックも…名優「山本學」と専門医「朝田隆」が語る“認知症患者の現実”】では、認知症を抜本的に治療することは不可能であるからこそ、「対処療法」が重要であることを山本氏と朝田氏が語り合う。

山本學(やまもと・がく)
俳優。1937年、大阪府生まれ、東京育ち。俳優座養成所を経て1957年に「裸の町」で映画デビュー。その後、「愛と死を見つめて」(TBS)、「天と地と」(NHK)、「八代将軍吉宗」(同前)などのテレビドラマや映画、舞台で幅広く活躍。1978年の「白い巨塔」(フジテレビ)で演じた内科医・里見脩二役は代表作のひとつ。1993年に第18回菊田一夫演劇賞を受賞。

朝田隆(あさだ・たかし)
認知症専門医。筑波大学名誉教授、東京医科歯科大学客員教授、医療法人社団創知会理事長、認知神経科学会理事長。1955年、島根県生まれ。1982年、東京科学大学(旧名:東京医科歯科大学)医学部卒業。国立精神・神経医療研究センター武蔵病院精神科医長、筑波大学臨床医学系精神医学教授などを経て、2015年より筑波大学名誉教授、メモリークリニックお茶の水院長、2020年より東京医科歯科大学客員教授。

デイリー新潮編集部

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