軽度認知症を公表した89歳の名優「山本學」が語る「老いを生ききる」ことの意義 「いまの僕は“人生の幕を下ろす”ことを考えながら日常を生きています」
「生ききる」時代の到来
朝田:対談で學さんは繰り返し「大切なのは知情意だ、なのに認知症の治療においては知の部分しか対象にしない」と指摘されました。これは非常に重要な知見だと思いますね。知情意とは、人間の精神を大きく分けると知性、感情、意志の3つに分かれるという意味の言葉です。知は賢さ、情は優しさ、意は正しさや強さを表すとも言えるでしょう。老化で記憶力は減退しても、感情は豊かという人はいる。ところが医療の現場では情や意を軽視する傾向が強く、記憶力を基準として認知症だ、認知症ではない、と診断を下してしまいます。
山本:認知症の症状や、脳の働きに関しては、医学は相当に解明してきたと思うのです。となれば、私たちの倫理観や生活観も、最新の知見に応じて再構築する必要があるのではないでしょうか。高齢者が医師の診察を受ける際、「私はどうしたらいいですか?」という態度では、やっぱりダメだと思います。「私はこういう風に生きていますが、足りないところはありますか?」と相談すべきなのです。具合が悪くなれば医師にすがればいいという時代は終わった。これからは患者自身が自分の生き方を定め、その上で医師に相談するという姿勢が求められるでしょう。それこそが著作の『老いを生ききる』という書名にもつながっていくと思っています。もう「生きる」の時代ではなく、「生ききる」ことが求められる時代になっている。
目の前の魚が重要
朝田:學さんのおっしゃる通り、医師と患者はフラットな関係であるべきです。それこそが、私たちが何度も対談で語り合った核心部分と言えます。
山本:だから、これからのお医者さんは大変ですよね(笑)。
朝田:当初から「生老病死」が対談のテーマになるなとは思っていました。「生まれる」「老いる」「病気になる」「死ぬ」という人間が避けることのできない4つの苦しみ、仏教用語でいう「四苦」ですね。ところが學さんと対話を重ねると「生ききる」がメインテーマに浮上しました。自画自賛ではありませんが、良い題名になったと思っています。何より「生ききる」との表現は読者の皆さんからすると、感覚的に理解できるところがあるのではないでしょうか。
山本:難しいこと言わず、日常を日常として生きることが何よりも大切だと思うのです。若い頃はね、例えば「もっと知的になりたい」とか様々な目標があったわけでしょう? だけど年を取って80歳になると、もう余生はそれほど残っていない。すると目の前にある魚をどう食べるかという問題のほうが大きい。日常を普通に生きられるように生きなきゃしょうがないなという気になります。
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