タレント活動も好調のDJ KOO、まさかのバラエティ企画で脳動脈瘤を発見!「救ってもらった命」どう生かすか語る

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 TRF(96年までtrf)のDJ兼リーダーとして1990年代に一世を風靡し、近年はバラエティタレントとしても人気を誇るDJ KOO。インタビュー第1弾では小室哲哉との出会いについて、第2弾では、小室哲哉プロデュースで頂点を極めたことや、その後のセルフ・プロデュース期について語ってもらったが、最終回となる今回は、近年の多岐にわたる活動について尋ねてみた。

 ちなみに、DJ KOOは、今でも小室ファミリーのメンバーとの交流が活発なようだ。

「『TK SONGS RESPECT NIGHT』という小室さんの楽曲だけを回すDJイベントを23年、24年、25年とこれまで第3弾まで開催しています。これまでには、globeのMARCやhitomi、浅倉大介くん、そして最近小室さんがプロデュースしている女性3人組のOVAL SISTEMもステージに出てもらいました。“小室サウンドをみんなで楽しもうよ”という愛で溢れていて、大盛況なんですよ。

 浅倉くんの音楽ユニットaccessと25周年のイベントで共演した時にやったTM NETWORKのカバー『Get Wild - live ver.』が、このSpotify再生回数ランキングの17位に入っていますね!」

家族の後押しでバラエティに進出し活躍の場を広げる

 ここからは、近年のソロ活動について尋ねてみたい。DJ KOOといえば、ド派手な衣装やサングラスを着用して、超絶に明るいキャラクターというイメージが定着しているが、90年代や00年代は黒系統の衣装でクールに佇んでいる写真も多くみられた。このバラエティへの進出には、どういった経緯があったのだろうか。

「TRFが、結成20周年を過ぎてそれぞれのソロ活動をやっていくことになったんです。僕はもともと“お笑い”を観るのが大好きなので、そういう仕事をしてみたいと奥さんと娘に相談してみたら、『今はバラエティが絶対面白いし、何かやってみたら』と背中を押してくれて。それで14年ごろ、当時52歳だったんですが、バラエティ番組に出させていただこうと決めました。

 最初は、『しゃべくり007』(日本テレビ系)のスペシャル番組に出たんですが、芸人さんの中に入っても何をやればいいのか、全然わからなかったんです。でも、ある時から『DJ KOOさんはいじってもいい人なんだ』と周囲が認識してくれたのか、ホリケン(堀内健)さんやタカトシ(タカアンドトシ)さんなどが僕のことを面白おかしく話してくれて、徐々に仕事が増えました。本当にありがたかったですね」

 お笑い好きの女性はギャグのセンスにも厳しいというが、家族からのダメ出しはなかったのだろうか。

「いえ、逆にどんなにスベったとしても、奥さんと娘は『いやー、面白かったよ』って言ってくれるんです。世間からは『DJの仕事がなくなった』とか『DJ KOOは仕事を選ばない』とか、そういう声もチラホラ聞こえてきましたが、家族の言葉があったので大丈夫でした。特に、娘は中高生だったんですが、『SNSとかのコメントは、みんなが好き勝手に言っているだけだから、そんなの気にしてもしょうがないよ』と達観していて、多感な若い世代でもそうなんだから、自分は全く気にしなくていいんだと教わりました」

 そうしてバラエティ番組に進出した結果、今ではアニメやゲーム、スポーツなどのイベントから日本盆踊り協会の特別顧問まで、多彩な分野で本業のDJとして呼ばれるようになり、裾野が大きく広がっていった。

「やっぱりみなさん、誰かと一緒に何かをやると盛り上がるんですよ。そのためにDJがいるのですが、僕が入ると場が楽しくなるというイメージで見ていただけるのは、ひとえにバラエティ番組やメディアのおかげですね」

 また21年には、声優やアイドルとしても活動している芹澤優やラッパーのMOTSUと組み、「芹澤優 with DJ KOO & MOTSU」名義で、両A面シングル「EVERYBODY! EVERYBODY!/YOU YOU YOU」をリリース。特に、「EVERYBODY! EVERYBODY!」は、90年代風のダンスナンバーで、Spotifyにて約250万回再生となっており、TRFのサブスク楽曲ランキングではTOP10相当の人気。DJ KOOとしてのヒット実績も増やしてきたのだ。

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