お台場ににじむ「衰退」感… イマーシブ東京は2年で閉業、ゆりかもめ・りんかい線30年の転身
ビッグサイト、フジ社屋の登場
ゆりかもめとりんかい線という2つの鉄道路線が開業したことによって、来街者を呼び込めるようになった。1996年に東京国際展示場(東京ビッグサイト)がオープンし、13号地の存在が少しずつ認知されるようになっていく。
厳密には、東京ビッグサイトは10号地に立地しているが、それは関係者間の認識にすぎない。13号地と隣接している東京ビッグサイトも含め、一般の来街者は東京ビッグサイトも “お台場”と認識する。
東京ビッグサイトの誕生は商業施設を誘い込むとともに、来街者が増えるまでゆりかもめを需要面で下支えするというつなぎの役割を果たした。
しかも、ゆりかもめは単なる移動手段ではなかった。新橋駅からレインボーブリッジを渡ってお台場に至る車窓からは、刻一刻と姿を変えるお台場を眺望できた。その光景は未来都市との期待感を高まらせた。台場に本社を移転させたフジテレビ本社屋の球体展望台も幻想的な雰囲気を演出するのに一役買うことになる。
当時のフジテレビは月9を筆頭に若者に訴求力のある番組を多く制作・放送し、絶対的な人気を誇っていた。本社屋の球体展望台はテレビ局の社屋とは思えない奇抜な意匠で、それも若者を魅了することになった。
特に若いカップルのデートスポットとして人気になり、ゆりかもめもデートプランに組み込まれることが定番になった。ゆりかもめは、華やかなお台場というイメージづくりに貢献した。
衰退のイメージはなぜ強まったのか
東京都も都市博の中止を決定してから、13号地の開発機運が盛り下がらないように腐心した。東京都は、お台場の一部エリアを定期借家権によって民間企業へと貸与することで開発を促進。これにより、パレットタウンがオープンしてお台場のにぎわいが創出されていく。
当初、パレットタウンは10年という期間限定の定期借家契約だったが、想定していた以上に来街者を集めることに成功した。そうした理由から、東京都は契約を延長していた。
しかし、2020年に新型コロナウイルスが感染拡大したことを境にお台場は暗転する。コロナ禍を機に来街者が減少し、それと同時に商業施設の撤退が相次ぐ。
もともと13号地は商住共存というコンセプトを目指した街だった。ゆえに東京都は定期借家契約という期間限定で民間企業を誘致していたわけだが、そうした事情は関係者以外に知らされることはない。来街者や観光客の目には、単に「お台場が衰退した」「お台場から魅力が喪失した」と映るだろう。
そんなイメージは、2005年頃より銀座や日本橋といった都心回帰の現象が強まり、訪日外国人観光客でにぎわうようになって強調されていく。
こうした経緯をたどり、パレットタウンは潜在していた契約の問題もあって2022年に閉鎖された。
一方、パレットタウン併設の商業施設「ヴィーナスフォート」は建物が残されていた。それをイマーシブ・フォート東京が居抜きという形で進出。しかし、お台場の輝きを取り戻すことはできなかった。
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