野球殿堂に落選 「川相昌弘氏」の功績はなぜ選考委員に伝わらなかったのか 「パワー全盛」の時代に薄れる「送りバント」の価値
1月15日、野球殿堂博物館が今年の「殿堂入り」メンバーを発表。エキスパート部門で栗山英樹氏(元日本ハム監督)が選出されたことがニュースとなった。一方、プレーヤー部門では、元巨人、中日の川相昌弘氏がトップとなる254票を獲得したが、それでも得票率は「当選」となる75%にわずか2票届かず、栄誉を逃した。プレーヤー表彰は引退してから5年経過して以降の15年間が候補者としての有効期間のため、川相氏のこの部門での殿堂入りはなくなったことになる。川相氏と言えば、通算533犠打の世界記録保持者。なぜこれほどの功績を持つ選手が、殿堂入りを逃したのか。その判断の是非とは。川相氏に関する著書を持つスポーツライターの赤坂英一氏が、落選の背景と、同氏の功績を記した。
【赤坂英一/スポーツライター】
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【写真を見る】「バント写真」がまさかの一面トップに! 川相昌弘氏の転機となった一本の犠打
『バントの神様』
今年、野球殿堂のプレーヤー表彰で選に漏れた巨人・川相昌弘氏(61歳、現一軍ディフェンスチーフコーチ)は「バントの神様」と呼ばれている。これは川相氏が犠打世界記録(当時512個、のちにMLB記録が1個上方修正されたため513個に変更)を達成した2002年に出版された拙著のタイトルだ。
ただし、考案したのは私ではなく講談社の編集者である。私自身は「神様」は大袈裟ではないかと思ったが、「世界記録を作るほどの野球選手は神様ですよ」と編集者に説得された。川相氏に了解を求めたら、笑いながら快諾してくれた。
こうして世に出た『バントの神様』は世界記録達成のタイミングに合わせて発売されたこともあり、売れ行きは順調で、2度重版を重ねた。川相氏のような犠打と守備を主体とした堅実なプレースタイルが、一般のファンから一定の支持を得た傍証とも言えるだろう。
ラストチャンスを逸し……
さらに、拙著は野球体育博物館(2013年、野球殿堂博物館に改称)に資料として採用された。館長名義で講談社宛に要望書を頂戴したので、1冊寄贈している。当時、川相氏が世界記録達成に使用したバットも東京ドームの殿堂博物館に展示された。
ここまできたのなら、と著者の私は思いを巡らせた。将来、川相氏本人が殿堂入りして、彼を祝福する原稿が書ければいい、と。
あれから24年後の今年、その思いが実現しないまま、川相氏はプレーヤー表彰の資格を失った。記者投票で候補者最高の254票を獲得していながら、殿堂入りに必要な全体の75%に相当する256票に届かず74.5%にとどまった。規定により、川相氏は現役引退5年後から15年間とされる資格を喪失。僅か2票差でラストチャンスを逸したのである。
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