野球殿堂に落選 「川相昌弘氏」の功績はなぜ選考委員に伝わらなかったのか 「パワー全盛」の時代に薄れる「送りバント」の価値

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2000年代以降の野球しか見ていない

 この過程は表彰委員会規程第16条の(2)「所属チーム及び野球の発展に顕著な功績をあげた者」、(3)「野球に対し誠実であり、スポーツマンシップを体現した者」にも該当する、と私は考える。また現役時代は(4)「ファンに野球の魅力を伝えた者」にも当てはまる選手だった。

 しかし、20世紀までの巨人、プロ野球を知らない世代や、バントなどつまらない、誰でもできると考える野球観の持ち主には、私の主張は説得力を持たないかもしれない。それ以前に、ピンとこないのではないか。

 野球殿堂プレーヤー表彰の投票権は、野球の報道に携わって15年以上の経験を持つ記者に与えられる、とされている。その中に、私のように40年近く前から野球を取材し、川相氏の歩みを見てきた記者は何人いたのだろうか。あくまでも想像でしかないが、今回の結果は川相氏が第一線を離れた2000年代以降の野球しか直接見ていない世代が増えたことと関係しているとも考えられる。

 ちなみに、私は東京スポーツに寄稿していた10~25年、MVPとベストナインには投票していたが、野球殿堂プレーヤー表彰の投票権は与えられなかった。「取材経験ならあるのだから申請してみてはどうか」とある表彰委員に助言され、東スポの運動部長を通して殿堂に問い合わせたところ、私のようなフリーランスのライターに投票権を与えた前例はない、という回答だった。

メジャーリーグ、コリンズの場合は

 現代はメジャーリーグやWBCに代表されるパワー優先の野球が全盛を迎えている。これから先、川相氏のような送りバントの記録が再び評価される時代はしばらく来ないかもしれない。では、川相氏以前、100年近く前に犠打記録512個を保持していたメジャーのエディ・コリンズの場合はどうだったのか。

 コリンズは1906~30年にアスレチックス、ホワイトソックスなどで活躍した二塁手で、39年にアメリカの殿堂入りを果たしている。これは主に、通算3315安打、終身打率3割3分3厘という大記録と二塁手としての守備力を高く評価されての受賞だった。

 しかし、コリンズとは首位打者争いのライバルで、殿堂入り第1号となった”球聖”タイ・カッブは、コリンズの「犠牲バント」の技術を絶賛している。首位打者12回、通算打率3割6分6厘と、今なおMLB最高記録を持つカッブが、自伝(邦訳、ベースボール・マガジン社)の中でコリンズを引き合いに出し、バントの重要性と有効性を長々と論じているのだ。

エキスパート表彰での可能性

 翻って川相氏は今、極めた技術の粋を記した自著『ベースボールインテリジェンス』(KANZEN)、『川相塾』(日本写真企画)でバントをはじめ攻守にわたる技術論、指導論を展開している。そこには、世界記録533個の犠打を積み重ねてもなお、「私はバントで打球の勢いを殺すことが下手だった」と書いてある。

 世紀を超え、日米をまたいでバントの極意を伝えようとした選手がいたことは、球史の片隅に記録されておいてもいいだろう。日米の野球殿堂には、そういう秘められた歴史を残す役割もあるのではないか。

 現代でも、広島・菊池涼介や阪神・中野拓夢が毎年のように2桁の犠打を決めており、シーズン最多も複数回記録している。川相氏の現役時代ほどではなくても、いまもバントは重要な戦法の一つであり、決してなくなることはないはずだ。

 プレーヤー表彰を逸した川相氏の殿堂入り資格は今後、指導者を対象としたエキスパート表彰に移る。今年61歳の川相氏がこちらの資格を得るには、監督、コーチを退任してから6カ月以上経過しなければならない。ただし、65歳以上になれば、6カ月の経過期間は必要なくなる。今はただ、その日が来ることを信じて待ちたい。

赤坂英一(あかさか・えいいち)
1963年、広島県出身。法政大卒。『失われた甲子園』(講談社)が第15回新潮ドキュメント賞ノミネート。他の著書に『すごい!広島カープ』『2番打者論』『プロ野球コンバート論』(すべてPHP研究所)など。日本文藝家協会会員。

デイリー新潮編集部

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