61歳の出川哲朗が直面する「愛されキャラ」の曲がり角 「充電旅」はマンネリと違和感で視聴率ダウン
売り物は人の良さ
出川はリアクション芸人と呼ばれてきた。熱湯風呂に入って飛び上がったり、ザリガニに挟まれて半泣きになったり。だが、最大の武器は人柄の良さである。年齢もキャリアも違うが、やす子(27)、スギちゃん(52)たちと同じ系統だ。ウイットに富んだトークや毒舌で笑わせるタイプではないのは知られている通りである。
1985年にデビューした出川はしばらく鳴かず飛ばずだった。ただし、当初から人柄の良さは際立っていた。その3年後、売れ始めたウッチャンナンチャンの内村光良(61)と南原清隆(60)の人物像を出川に電話で取材した。3人は横浜市の横浜放送映画専門学院(現・日本映画大学)の同窓生で同じ事務所。親しい関係だった。
せいぜい30分程度で終わる取材と思っていたが、出川は2人がいかに才能があるかを延々と話し続けた。さらに人間的にも素晴らしいと讃え続けた。話は約1時間近くに及んだ。
自分の話は一切しなかった。親しい友人とはいえ、同業者の活躍を両手を挙げて喜ぶ芸能人は極めて珍しかった。
やがて出川はビートたけし(79)が芸人に過酷な試練を強いる「ビートたけしのお笑いウルトラクイズ!!」(1989年)で世に出る。当時の出川は芸人というよりタレントだったから、どうするつもりかと思った。
出川は「これからもよろしくな、タケちゃん」と、たけしに軽口を叩いた。無論、自分が目立ち、同時に笑いを取るためだが、たけし軍団が黙ってはいなかった。痛めつけられた。出川が「痛い! やめてください」と懇願した。虚勢と涙声の落差がおかしかった。リアクション芸が固まっていった。
ここでも出川の人柄の良さが生きた。日ごろから無礼な芸人だったら、軍団は容赦せず、潰しに掛かった違いない。しかし人柄の良い出川に本気で怒る先輩はいなかった。
「充電旅」が視聴率回復を目指すのなら、地域住民とのトラブルを2度と起こすべきではない。またマンネリ解消のため、挿入歌などの見直しも必要ではないか。どんな番組も長くやっていると、どうしても飽きられる。
出川の人柄の良さをあらためて強調する演出も必要だろう。出川の人気が高まると、番組も浮上する。






