「石破はいっそ自民党を出て行け」 「再登板?ありえないでしょ」 「中道改革連合」からアプローチを受けた首相経験者らの思考と評価

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高市首相がコケるのを

 1月19日、高市早苗首相は官邸で会見して解散を表明。「23日に解散・27日に公示・2月8日に投開票」という超短期決戦がスタートした。立憲民主党と公明党が合流して「中道改革連合」(以下、中道)が結党発表された際には、公明の斉藤鉄夫代表は自民党の首相経験者にも声をかけたという話も駆け巡った。実際のところ、どうだったのだろうか。

「斉藤氏が声をかけたのは岸田文雄、石破茂の両氏ですね。立民の野田佳彦代表も石破氏に対して明確ではないながらもアプローチはしていました」

 と、政治部デスク。

「2人は誘いに応じなかったと聞いています。岸田氏は高市氏がコケるのを待っているというのが永田町内の定説で、コケた後にあわよくばということで再登板の機会をうかがっています。そういう考え方もあって、主義主張は中道と近いと見ていたとしても党を飛び出して……という気持ちにはならなかったのでしょう」(同)

 そもそも岸田氏の再登板については厳しい見方が強いとされる。

安倍元首相との違い

「岸田氏は安倍晋三元首相を参考に“その日”に備えているというのが通説ですが、安倍氏の場合、高市内閣で官房参与を務めている今井尚哉氏らを中心に失脚後も最側近が熱烈なサポートを続けることで再登板につなげました。が、岸田氏にはそういった人材が見当たりません。岸田官邸の終わりの方は崩壊状態だったという声も聞きました。当時の官邸幹部のひとりは“とにかく岸田氏は優柔不断。決められない人で、周囲に迷惑をかけ続けた。再登板? あり得ないでしょ”と言っていました。みずから派閥解消を宣言した割にボスを務めていた宏池会に頼る場面が多いことも党内から批判の声があがっていました」(同)

 一方の石破氏はどうか。石破氏は昨年の退陣表明会見で「いろいろな考えがあったことは否定しない」と解散も頭にあったことに言及した。その具体的なプランはどういうものだったのか。

「“国民のための政治”という大義を掲げて総選挙に打って出て、生き残った者と立民の中から極度に左寄りの議員を除いた者たちと連立を超えて新党を結成するという青写真を描いていたと聞きました。石破氏の頭の中では選挙前に自民を割るつもりはなく、方向性がまったく異なっても公認を出して戦い、選挙の結果を踏まえて方針を定める……というプランだったようです」(同)

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