天皇皇后両陛下、今年のご外遊先は「ベルギーが本命」とされる理由 皇室とベルギー王室の知られざる関係

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ボードワン1世との友情

 皇室とベルギー王室の関係を深化させたきっかけは、1882年の有栖川宮熾仁親王のベルギー訪問だ。ロシア帝国(現・ロシア)の旧都モスクワで行われた、アレクサンドル3世の即位式に明治天皇の名代として出席し、その帰路でベルギーを訪れ、両国関係の礎を築いたとされる。

 日本とベルギーの友好親善を目的として1969年に発足した日本・ベルギー協会には、翌70年に高松宮さまが名誉総裁に就任。83年からは常陸宮殿下が2代目の名誉総裁を務められている。

 ただ、皇室とベルギー王室の絆を最も強固なものにしたのは、やはり上皇陛下のご存在だろう。上皇陛下は皇太子時代の1953年、英国女王・エリザベス2世の戴冠式に出席するため、3月30日から10月12日まで欧米をご訪問。この時にベルギーを表敬訪問しており、これが初めてのご訪問となった。この際に出逢われた国王のボードゥアン1世と、旧来からの親友のように意気投合したというわけだ。

 71年に昭和天皇もベルギーを訪問すると、2年後の73年には父への歓待に対する返礼を込めて、スペイン公式訪問に伴い、上皇后美智子さまをお連れになってベルギーに立ち寄られている。お立ち寄りは外遊の度に繰り返され、79年、81年、84年にも皇太子夫妻として再訪していた。

 この間、天皇陛下も昭和天皇の孫として76年と83年の2度にわたりベルギーをご訪問されている。上皇陛下が即位されると、ボードゥアン国王が89年に執り行われた昭和天皇の「大喪の礼」と、翌90年に挙行された上皇陛下の「即位の礼」に参列している。

 また93年には9月にベルギー訪問が予定される中、ボードワン国王が62歳の若さで急死したことから、上皇上皇后両陛下は急遽、8月6日から9日の強行日程で国王の葬儀にご参列。いったん帰国した後に再び渡欧し、ベルギー、伊、独の3か国歴訪を実現されている。これはアルベール新国王にとっても初めての国賓接遇となる記念すべき機会となった。宮内庁OBは「上皇陛下にとって、旧友亡き後も、弟で新国王のアルベール2世が大切な“友人”である事実を改めて実感するご経験ともなったようです」と振り返る。

トランプ氏の存在が壁?

 ボードゥアン元国王の后(きさき)だったファビオラ元王妃は2014年に亡くなったが、皇室からは“友情”を示す意味もあって、12月11日から13日のタイトなご日程ながら元王妃と昵懇の仲だった美智子さまが、単身でベルギーに向かわれて葬儀に参列されている。

 また、アルベール2世の長男のフィリップ国王は2016年10月、国賓として夫妻で来日。歓迎式典では上皇上皇后(当時は天皇皇后)両陛下が皇居で出迎えたが、これは日本とベルギーとの友好150周年を記念したもの。皇太子夫妻として天皇皇后両陛下もご一緒に国王夫妻を出迎え、歓迎式典に臨まれた。

 前出の宮内庁OBは語る。

「上皇陛下は国際親善を行う上で、国の大小や日本にとっての政治的、経済的重要性を徹底的に排除してこられました。ようするに、平等に分け隔てなく接してこられたわけです。そのお考えは天皇陛下にも受け継がれていることは間違いありません」

 一方で前出の宮内庁関係者は、「日本の最も重要な同盟国である米国のトランプ大統領は1期目の2017年に国賓に次ぐ待遇の公式実務訪問賓客として来日し、生前退位前の上皇陛下とお会いになり、2019年には天皇陛下が最初にお迎えした国賓として来日しています。昨年10月の来日でも陛下は大統領と会われており、高市政権は天皇陛下の国賓としての訪米を返礼にしたいのではないかと噂されています」と指摘した上で、こう警鐘を鳴らす。

「しかしそれはまさに皇室の政治利用です。それをしてしまっては旧民主党政権が中国の習近平氏を特別扱いして、上皇陛下との面会を無理やりスケジュールに割り込ませたことと同じになってしまいます」

「国民の象徴」としての天皇の外遊は、閣議決定が必要となるが、果たして天皇陛下のご訪問先はベルギーか、米国か。それとも政府内部の不和を避けて、別の選択がなされるのか。注目だ。

朝霞保人(あさか・やすひと)
皇室ジャーナリスト。主に紙媒体でロイヤルファミリーの記事などを執筆する。

デイリー新潮編集部

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