「僕の心の恋人なんだッ」と松本清張が称した「新珠三千代」 持ち前の美貌と気品をさらに際立たせた”重要なポイント“とは【昭和女優ものがたり】
小津から「もう一回やろうね」
反対に小津が最も好きだった俳優は、鴈治郎と新珠だった。本作の金子正且プロデューサーは「新珠三千代君を大変に気に入ってね。だけど新珠君って、司葉子みたいに『先生!』なんて甘えたりするタイプじゃないのね」と回想している(金子正且・鈴木たけし『プロデューサー金子正且の仕事 その場所に映画ありて』ワイズ出版)。
新珠の役は、愛人にうつつを抜かす父親を厳しく諌めるしっかり者の長女だ。鴈治郎と新珠の応酬が面白い。理詰めで父親を問い詰め辟易とさせるが、その後に新珠はほんのわずかに笑みを浮かべているのがわかる。厳しい言葉で非難しても、根底にある愛情が垣間見えるのだ。もちろん小津の演出だろうが、新珠が見事に応えている場面だ。
本作は近年、小津の死に対する無常観や諦念が色濃く表れている作品として、再評価されている。新珠の演技がそれに貢献しているのは間違いないだろう。
小津は新珠に「恭ちゃん(本名)、今度もう一回やろうね」と言い、よく電話がかかってきたという(『君美わしく』)。しかし、次作の「秋刀魚の秋」(1962年)が小津の遺作となり、この望みはかなわなかった。もし、新珠をメインに小津が撮っていたら……。
大ファンだった松本清張
新珠ファンを自認する著名人は多いが、最も有名なのは松本清張だ。写真家の秋山庄太郎が、ある酒場で松本にこう言われ驚いた。
「君の撮る新珠三千代は実にセクシーだ。しかし、写真家が良い仕事をしたときは、決まってただならぬ関係に陥っているそうじゃないか。彼女はねっ、僕の心の恋人なんだッ、つまり君は僕の恋敵だッ」(秋山庄太郎『麗しの銀幕スタア』小学館)
ここで改めて新珠三千代の魅力を考えてみたい。秋山は、「彼女は内面はサバサバしていて、決断力があり男っぽい面がある。だからこそ女の色気を冷静に分析し演じられるのだ」と評している(同)。
しかし、筆者はその「喋り方」に注目したい。新珠のセリフは、語尾が甘くかすれることがある。例えば「そんなこと困るわ」というセリフの「わ」の箇所に微妙なアクセントがつく。ただ甘く感じるのではなく、「気品」を感じさせるアクセントなのだ。
この話し方によって、美貌の上に気品が重なり新珠を唯一無二の女優としている。役柄や場面によってはこうした話し方をしていないので、演じ分けているのだろうが、優れた女優が持つ大きな特徴だ。
新珠は、生涯独身であり、自分のことをほとんど語らないことでも知られる。2001年3月に心不全で亡くなったと報じられた。まだ、71歳だった。
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