「僕の心の恋人なんだッ」と松本清張が称した「新珠三千代」 持ち前の美貌と気品をさらに際立たせた”重要なポイント“とは【昭和女優ものがたり】

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 2026年1月15日、生誕96年を迎えた女優・新珠三千代。宝塚歌劇団のトップ娘役として絶大な人気を博した後、映画、テレビ、舞台で活躍した宝塚OG女優である。「生涯独身で私生活を語らず、2001年の死去後は謎が多い大女優としても知られる彼女について、映画解説者の稲森浩介氏がその魅力を綴る。

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映画女優・新珠三千代

 新珠三千代という名を聞いて、60代以上の多くの人がドラマ「細うで繁盛記」(1970~71年・日本テレビ系列)を思い浮かべるのではないだろうか。

 伊豆・熱川の伝統ある旅館に嫁いだ加代(新珠三千代)が、周囲のいじめに耐えながら旅館を再建する物語。平均視聴率28.1%を記録し、第3シリーズまで放送された。「銭の花の色は清らかに白い」という新珠のナレーション。そして義妹役・冨士眞奈美の「おみゃあに食わせるめしはにゃあ」などのセリフと強烈なキャラクターが印象深い。

 やはり高視聴率を上げた「氷点」(1966年・NETテレビ)など、新珠にはテレビ女優のイメージが強いが、出演した映画は今も語り継がれる名作が多い。今回は「映画女優 新珠三千代」にスポットを当て、その魅力を探ってみよう。

「赤信号 洲崎パラダイス」

 1930(昭和5)年に、奈良市で生まれた新珠は、宝塚音楽学校を経て戦後に宝塚歌劇団に入団。娘役トップになり、1955年には各映画会社競合の末、日活に入社した。

 この時期の日活は文芸路線で、川島雄三監督の一連の作品「あした来る人」(1955年)、「風船」(1956年)などに出演した後、芝木好子原作「洲崎パラダイス 赤信号」(1956年)の主役に抜擢される。今でも評価が高く、鬼才と呼ばれる川島の代表作だが、新珠の新境地を開いた作品ともなった。

 かつて娼婦をしていて今は足を洗った蔦枝(新珠三千代)と、甲斐性のない義治(三橋達也)。2人は特飲街(遊郭街)「洲崎パラダイス」に流れつき、入り口の橋のたもとにある居酒屋、「千草」の女将(轟夕起子)に雇ってもらう。しかし蔦枝は景気の良さそうな客に取り入り、バイクに乗っていなくなってしまった。義治は血眼になって探し歩くが……。男女のどうしようもないくされ縁を中心に、戦後の混乱と貧困を生き抜く人々を丹念に描写している。

 新珠は崩れた身のこなし、男への媚びなど初めての汚れ役だが、後年「あの役は好きです。普段の自分と違う役だと、ほんとに芝居ができるなっていう感じがね、楽しいんですよ」と語っている(川本三郎『君美わしく 戦後日本映画女優讃』文藝春秋)。

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