【ばけばけ】電話NG、英語も学ばせない… 偏屈「小泉八雲」を妻のセツはどうあつかったか
英語さえ学ばせてくれない
一つのことに集中する人にありがちだが、「ウイスキーを、葡萄酒と間違ってトクトクとコップについで呑みかけたり、コーヒーの中に塩をいれかけたり、などするのです」(同)。
そして、気に入ったものがあると、お金にも糸目をつけない。上野で行われる絵の展覧会によく出かけたそうだが、ハーンに「あなた、よいと思いますか」と聞かれ、「美しい、よい絵と思います」と答えると、「あなた、よいと思いますならば買いましょう。この価まだ安いです。もう少し出しましょう」といって、必要以上にお金を払ったという。
たとえば京都見物などでも同様で、拝観料は決まっているのに、自分が気に入ると何倍も払おうとし、セツが「かえっておかしい」といっても、「ノウ、ノウ、私恥じます」といって、聞き入れなかったという。
呉服屋に2~3反の浴衣を買いに行ったときは、ハーンはあれも買いましょう、これも買いましょうといい出した。「いろいろの浴衣あなた着て下され。ただ見るさえもよきです」というのがハーンの意見で、ついには30反も買ったのだという。
一方で、文明の利器は大嫌いで、「女中や下男は幾人でも増すから、電話だけは止めにしてくれ」といい、電話を取りつけさせてくれなかったという。電車に乗ったことは一度もなく、「私共にも乘るなと申していました」と、セツは述べている。
また、何事も日本風が好みで、松江から熊本に転出した当時は、セツはハーンのもとで英語を学習したが、その後、セツが学習の再開を望んでも、ハーンは英語をしゃべると日本女性のしとやかさが失われると主張して、学ばせてくれなかったという。
この感受性の鋭さゆえに、後世に残る多くの作品を残せたと思われるが、共に暮らすのは苦労が伴っただろう。しかし、セツには前述のように、美しいが壊れやすいシャボン玉をあつかうのだ、と思えば腹も立たないという「生活の知恵」があった。むろん、頭をそう切り替えられたのは、ハーンへの愛情と敬意があったからだろう。
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