「公明との新党結成」が「立憲民主」にとって“最悪の一手”と言われる理由 「創価信者は白けている」「“親・中国”連合への反発も」

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 高市早苗首相が衆議院の解散を表明した。そこでまさかの新党結成に合意したのが、立憲民主党と公明党である。両党の国会議員が離党して新党「中道改革連合」に参加するというダイナミックな動きだが、果たして新党で選挙に勝てるのか。

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 両党を結びつけたのは“中道”だ。右派ではなく左派でもない、どっちつかずと言えなくもないけれど……。

「そうは言っても、昨年7月に行われた参院選まで公明党が自民党と選挙協力をしてきたことはみなさんも覚えているでしょう。昔から公明党は“中道”を掲げてきましたが、それを強くアピールするようになったのは、石破茂首相が退陣し、高市さんが自民党総裁に就任したことにより連立政権を離れてから。公明党としては『高市首相は“右”だ』と言いたいのかもしれません」

 そう話すのは「創価学会とは何か」(新潮社)の著書があるジャーナリストの山田直樹氏だ。

 デイリー新潮は昨年11月5日配信の「『8割が連立離脱を高評価』の世論調査に愕然とする『創価学会』 『選挙で大打撃を受けるのは自民よりむしろ公明で…』」で、公明党の連立離脱を支持する声が多いことを報じた。そして、今も高市内閣の支持率は高い。

「台湾有事を巡る高市首相の発言に中国が猛反発し、対日輸出規制を強化するなど圧力を強めていますが、彼女は発言撤回に応じていません。そうした対中姿勢を評価する声も大きく、支持率を高めているわけです。そんな中、親中の2党が手を組むというのですから悪手と言わざるを得ません。究極の弱者連合にもなり得ます」(山田氏)

 新党にはまず両党の衆議院議員が合流し、参議院議員や地方議員はひとまずそれぞれの党に残るという。

立民の皮算用

「公明党が新進党に合流したときと似た感じを抱く人もいるかもしれません」(山田氏)

 1993年、自民党が結党以来、初めて政権を譲り、公明党は日本新党の細川護熙内閣に参画した。この時、初めて公明党は与党の一員となった。

「その後、公明党は国会議員を主体とする『公明新党』と地方議員を主体とする『公明』に別れ、94年に公明新党が新進党に合流しました。画期的なものでしたが、それができたのは自民党を抜けて新生党の代表幹事となった小沢一郎氏と公明党書記長の市川雄一氏による“一・一ライン”があったからです。現在、公明と立民を結ぶパイプはありませんし、その支持母体である創価学会にも立民との間で動く裏方がいるとは聞いたことがありません。その点が創価学会の池田大作名誉会長が元気だった頃との大きな差と言えるでしょう」(山田氏)

 来る衆院選で公明側は小選挙区から撤退し、比例区の上位に回る。一方、創価学会は選挙区では立民の支援に回るという。

「とある立民議員に聞いたところ、『公明と共闘すれば、自民に入っていた学会票が離れ、それが立民に上乗せされる』といった話をするのですが、甘いと言わざるを得ません。公明が小選挙区から撤退するのはもう勝てないからです。実際、2024年の衆院選では“常勝関西”と呼ばれていた大阪府の選挙区で全敗し、代表を務めていた石井啓一氏(埼玉14区)まで落選しました。公明は創価学会の選挙応援で1選挙区あたり1万5000票から2万票を持つと言われていましたが、いまやそれも幻想にすぎません。比例区の得票数も05年の898万票をピークに下がり続けており、昨年の参院選では521万票と集票力が落ちています。そもそも自民は、一昨年の衆院選、昨年の参院選で公明と連立を組みながら過半数が取れなかったわけですから」(山田氏)

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