迷子を届けたら「母親」にほのかな違和感… その十数年後、怪談作家に起きた「再会」と「確信」【川奈まり子の百物語】

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【前後編の後編/前編を読む】怪談作家が忘れられない十数年前の不可思議体験…迷子の小学生男子に道案内を頼まれたその先にあったもの

 これまでに6,000件以上の怪異体験談を蒐集し、語り部としても活動する川奈まり子が世にも不思議な一話をルポルタージュ。

 十数年前、麻布十番に住んでいた筆者(川奈まり子)はある日、鳥居坂で小学生に出会う。父との待ち合わせで近所のR墓苑に行きたいが、迷ってしまったという。筆者が墓地の入り口に連れていくと、そこには身なりのいい両親の姿があった。世慣れた風情で礼を述べるスーツ姿の父と、無言を貫くロングコート姿の母。家族に別れを告げ、去り際にふと振り向くと、墓に向かう父と子の後ろ姿があった……。

 ***

 おや? と思った。

 母親の姿が見当たらない。
 
 そのとき気がついた。今日はロングコートを着込むには暑すぎるということに。

 その日は9月下旬とは思えない暑さで、30度を超えていたように記憶している。
 
 実際、私は上着を着ていなかった。
 
 どういうことだろう……と、不思議に想いながら六本木駅のそばの書店に行って本を買うなどしたけれど、大きな疑問符が頭に浮かんだまま消えなかった。
 
 こんなにモヤモヤした気分のまま家に帰るのは嫌だ。
 
 そう思ったときには、もう爪先が墓苑へ続く路地の方へ向いていた。

 黄昏のR墓苑は仄暗く、線香の残り香が漂っていた。
 
 お彼岸の時季だからか、そこかしこに色とりどりの供花が飾られている。
 
 父子が歩いていった方角へ通路を進むと、ひときわ新鮮そうな花が供えられた墓があった。

 その墓の墓誌に最近亡くなった女性の記録が刻まれているのを確認して、私は思わず手を合わせた。

 ここにあの女性が眠っているのだと直感したからだ。

――R墓苑に墓を置いている5つの寺院はどれも浄土宗だと聞いたことがあり、浄土宗は往生即成仏を旨とするので、幽霊になるはずがないのだが、例外もあるだろう。

 小さな子どもを遺して死ぬのは未練に決まっている。

 安寧を祈ると、私はそそくさと墓地を出た。

 R墓苑の出入り口に面したこの道には、「閻魔坂」という恐ろし気な名前がついている。墓地の敷地に寺が建っていた時分には、その寺の閻魔堂がこの辺りにあったらしいが、今はただの裏路地だ。

 六本木五丁目の交差点へ向かい、鳥居坂を下った。

 墓参りの子どもと出逢ったところに差し掛かったとき、後ろからヒタヒタと足音が迫ってきた気がして振り向くと、人ではなく、一羽の鴉が、私めがけて滑空してきた。

 脅すようにカアとひと声鳴くと同時に、頭のてっぺんをかすめて坂の下へと飛び去った。

 驚いて転びかけ、たたらを踏んで、坂の上の方を向いて立ちどまったとき、視線の先に細身の女のシルエットが立ち尽くしていた。

 裾の長いものを身にまとっている。灰色のロングコートを着て、白いストールを首に掛けていた女性の姿が脳裏に蘇った。
 
 一気に坂を駆け下りて、麻布十番の自宅マンションに帰り、それから何年もの間、R墓苑には近づかなかった。

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