怪談作家が忘れられない十数年前の不可思議体験…迷子の小学生男子に道案内を頼まれたその先にあったもの【川奈まり子の百物語】

  • ブックマーク

谷底の墓苑

 聞けば、R墓苑には1回だけ行ったことがあるという。

 だから六本木の首都高の近くだというのは記憶していたが、墓地の方へ行く路地の入口がわからなかったとのこと。

 この子の学校は赤坂の中でも六本木寄りにある。件の墓地までは、子どもの足でも15分もかからず行けたはずだった。

「ここからは本当に近いから、安心して」と私は子どもを励ました。

 そして子どもを伴って六本木五丁目交差点の横断歩道を渡ると、細い路地の入口で、

「あとはこの道を真っすぐに行けばいいだけだから、1人で行けるかな?」と訊ねた。

 子どもは途方に暮れたような目つきで私を見上げた。

 なるほど、その路地には不安を誘う風情があった。

 道幅が狭く、日陰になっていて薄暗く、入口を半ば塞ぐように公衆便所があって、人通りがまるで無くて。

 この辺りはマンションが立て込んでおり、谷間の様相を成している。実際に、すり鉢状に少し土地が窪んでいるようだ。

 R墓苑はその谷底にあるわけだ。

説教強盗

 10年ほど前に親しくなった友人が「墓マイラー」で、方々のお墓に足しげく通っては墓碑銘などを研究していた。その話を聞いたり、面白半分に何度かついていったりした結果、私も都心の墓地には少し明るくなった。

 R墓苑についても、おおよそのことは把握している。

 第二次大戦のときに、この辺りの寺院も戦災に遭い、中には空襲で焼失してしまった寺もあった。そこで、戦後、せめて近在の檀家衆が墓参りできるようにしたいと界隈の浄土宗寺院で話し合い、町の再開発や道路の拡張工事が行われる際に、付近の5つの寺の墓地を1ヶ所に集約させることになった。

 その結果、出来たのがR墓苑なのだ。

 そうそう……。ここに墓地を置く5つの寺のうちの1つで、現在は文京区に移転している正信寺という寺には、六本木界隈に生え抜きの年寄りなら知らぬ者のない面白い逸話がある。

 昭和3年に、正信寺は説教強盗の異名を持つ妻木松吉に押し入られた。

 妻木松吉は、襲った家の家人に防犯の心得をレクチャーする癖がある変人で、かつ、大正末年頃から帝都東京市で頻繁に犯行を重ねていたので、当時たいへん有名であった。

 しかし正信寺の住職は、逆に松吉に説教を聞かせた上で、寺の外へ叩き出したとのこと。これを新聞が記事にしたので正信寺の名も世間に知れ渡った。

 松吉が逮捕されたのはその翌年、昭和4年のことで、服役後は防犯のノウハウを説く講師として各地で公演活動を行ったのだという。

次ページ:親御さん

前へ 1 2 3 次へ

[2/3ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。