小林幸子に「希望を捨てずに頑張んなよ」と声をかけた“お正月の顔”国民的スター…B面の楽曲「おもいで酒」が人生を変えた瞬間

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「今までありがとう」

「いばらの道」で小林はこんな風に回想している。

 78年の大晦日、小林は伊豆・伊東のハトヤで2月まで行われるショーの通し稽古をやっていた。ダンサーらとお化粧をしながら鏡越しに紅白を見ていた。「来年は紅白に出るからね」と言うと、一斉に笑い声が起きた。

 本人も紅白は見るものと思っていたので、どうしてそんな言葉が出たのかわからなかった。誰もが冗談だと思ったのは言うまでもない。

 しかし、年が明けて1月に出した「おもいで酒」が小林の知らないところで火がつく。ハトヤにいた小林に事務所から電話が入る。

「サッちゃん、有線で『おもいで酒』が1位になっている地区があるらしい」

「おもいで酒」はB面に入っている曲だった。小林も「そんなわけ、ないでしょ」と半信半疑。しかし、確認すると間違いなく、「おもいで酒」が1位だった。まさに青天の霹靂! 言霊とはよくぞいったもの。

 そこからあれよあれよで「おもいで酒」は200万枚を超える大ヒットに。その年の紅白に本当に初出場することになった。この間の痺れるようないい話は「涙と笑いの酒人生」で語ってくれた。

 ――ダブルミリオン達成、各音楽賞を受賞、紅白出場と大忙しの中、ふと我に返ることがあったという。

〈そんな中で一人酒することがありました。当時借りていたアパートの3畳間の衣装部屋です。そこにはお金がない時、傷んだら、補修を繰り返して着ていたステージ衣装が6、7着吊るしてありました。その前にコップ酒を置いて座り、話しかけていたんです。「今までありがとう」「頑張ってくれたね」って。長い間ともに苦労に苦労を重ねた“戦友”ですからね。私の汗も涙の数も、つらかった記憶もすべて知っているのがその衣装たちでした…諦めなくてよかった〉

ギアチェンジでさらなる活動

「いばらの道」の連載は同年、事務所の専務らを解任する騒動が起き、「お騒がせしちゃいました」というサブタイトルをつけた。その騒動などもあり、美川憲一との衣装対決が話題だった紅白へは11年までの33回で、連続出場(15年に特別企画で出場)は途切れた。

 しかし、その後の小林は大きくギアチェンジし、「シン・小林幸子」ともいえる別次元の活躍を続けている。

 若い世代からは「ラスボス」として親しまれ、ニコニコ動画を始め、コロナ禍になる前にYouTubeをリニューアルし、SNSなどでの発信も、早い段階から力を入れた。さらに、04年の新潟県中越地震の後から続けている「小林幸子田」の活動や、農業支援&子供食堂支援など社会貢献活動にも余念がない。

「おもいで酒」に導かれた歌手人生には終わりがない。

峯田淳/コラムニスト

デイリー新潮編集部

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