神田伯山を追い抜いて真打昇進 “生涯をかけて講談の面白さを伝えていきたい”と誓う「期待の星」の素顔

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「正直、早いなあと」

 ここ数年、お茶の間でも目にする機会が増えた講談師。次世代を担う“期待の星”と目される田辺いちかが、来秋に真打昇進を果たすことになった。

「まだ二つ目で修業したかったので、正直、早いなあと思いました。でも、入門時期が遅いことを考えると年齢的にも、いまがいい時期なのかもしれません」

 とご本人は感慨深い様子。講談界で一、二を争う売れっ子の神田伯山ですら、真打昇進は入門から13年を要した。その点、いちかは伯山より1年も早く一人前と認められた格好だ。

「高校時代は演劇部に入っていて、もともと役者になることが夢でした」

 いちかは福岡県北九州市の出身で、高校卒業後は京都府立大に進んで中国文学を学んだという。卒業前にはおよそ1年間、中国の長安大学で日本語教師を務めた異色の経験を持つ。

「帰国後は舞台俳優を目指しましたが、当時は舞台の世界も“就職氷河期”。やむなく声優学校に入学しました。役者一本では食べていけず、声優の仕事も並行してこなしていたんです」

 努力は実り、日米で平成25年に公開されたクライムアクション映画「オーバードライヴ」で、主要キャストの一人、スーザン・サランドンの日本語吹き替えを担当したことも。そんな中、彼女をいまに導く大きな出会いが訪れた。

「演劇ワークショップに参加した際、みんなで台本を読み進めていく中で、独特のリズムとテンポで読む女性がいまして。小柄なのに不思議な存在感があって、とても気になる方でした」

 会の後、いちかは打ち上げの席で話しかけてみた。

「聞けば“講談をやっている”と言うんです。この方こそが、後に私の師匠となる田辺一邑(いちゆう)でした。実際に高座を見に行ったところ、歴史ものを一人で語り、侍や僧侶などさまざまな役を演じ分けていて。すっかり面白さに魅了され、師匠に入門を申し出たのです」

「落語に比べれば、まだまだ……」

 講談師の世界も、落語と同様に「前座」「二つ目」「真打」と階級が三つに分かれる。伯山が名を連ねる日本講談協会(神田紅会長)には、真打から前座までの28人が、田辺が会員の講談協会(宝井琴調会長)には53人が所属している。現在、総勢81人の講談師のうち女性は46人で、男性より11人も多い。

「35歳の時に入門したいちかは、張りのある声やリズム感に富んだ高座で、前座の頃からファンに“スーパー前座”と呼ばれたほど目を引く存在でした。平成31年に二つ目になると魅力に磨きがかかり、さらに注目を集めるようになりました」(伝統芸能担当記者)

 昇進した翌年には、都内の劇場が“1年で最も目覚ましい活躍を遂げた二つ目”に贈る「渋谷らくご楽しみな二つ目賞」に、初めて落語家以外から選出されている。

 再びいちかが語る。

「最近、講談はかつての低迷期を脱してブームの兆しを見せています。それでも落語に比べれば、講談の知名度はまだまだ及びません」

 講談の魅力を尋ねると、

「同じ演目でも、人によって声の張り方やリズム、話のどの部分に光を当てるのかが異なります。それらを全て、自分の責任で演じることが本当に楽しい。以前、70代の講談師の高座を聞いた80代のお客さまが“伸び盛りだねえ”と話していたのも耳にしました。年齢や性別を問わず、いつまでも成長が可能な世界。生涯をかけて講談の面白さを伝えていきたいですね」

 マネージャーは置かず、アポイントなどの事務作業も自身でこなすが、

「ダブルブッキングや忘れ物もあったり……」

 高座のりりしさとは対照的な、粗忽さも魅力かもしれない。

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