最終回「べらぼう」が本当に伝えたかったこと 「横浜流星」が新たに体現した“メディア王”とは

エンタメ 芸能

  • ブックマーク

やさしい性格

 家治の死がほかの死者と大きく異なったのは、家斉の実父として臨終の場に立ち会った治済に強い戒めの言葉を発したことである。「天は天の名を騙るおごりを許さぬ」。天命という言葉がある通り、人の運命や命の長さは天が決めるもの。それを意のままにしてしまう治済はもってのほかであるということだろう。

 もっとも、サイコパスの治済は聞く耳を持たなかった。今度は田沼を失脚させる。利根川水系の氾濫に端を発した深刻なコメ不足や御用金令への強い反発などが表向きの理由だ。田沼を買っていた家治の死と同じ第31回、1786年のことである。

 これだけ人を殺し、他人の人生を弄んだのだから、治済は恨まれないほうがおかしい。だが、蔦重は当初、仇討ちに乗り気ではなかった。商人であるという分をわきまえていたからだ。

 定信の強い誘いがあったため仲間に加わったが、血が流れるやり方は拒んだ。それは侍がやるものだからである。

 蔦重が血を拒絶したのは性格も大きい。やさしいからだ。いくら相手が悪党でも非情にはなれない。ダーティだった元ライバルの版元「鱗形屋」の鱗形屋孫兵衛(片岡愛之助)にも常に正々堂々と向かい合った。

 吉原の茶屋「蔦屋」で働いていたころには、食べるものにも困っている河岸見世の女郎たちのため、女郎屋や茶屋の主人たちに炊き出しを懇願した。第1回、1773年だった。

 主人たちが知らぬ顔を決め込むと、「俺たちは女郎に食わしてもらってるんじゃねえんですか!」と憤った。これに養父で引手茶屋「駿河屋」の主人・駿河屋市右衛門(高橋克実)が激怒し、階段の上から叩き落とされたが、挫けなかった。

 田沼との出会いも食えない女郎を救済するため。断られたものの、田沼に吉原の客を奪っている非公認の娼館を取り締まってほしいと頼んだ。これも第1回、1773年のことだった。

 血を嫌がる蔦重の拘りが生かされた治済への仇討ちは第47回で描かれた。1794年である。一度は治済に仇討ちを図ろうとしていることを気づかれたものの、家斉を仲間に引き込んだ。大崎が悪事を懺悔した手紙を家斉に見せると、分かってくれた。さすがは若くても天下を収めている将軍か。

 計画は治済と瓜二つの能役者・斎藤十郎兵衛を用意し、2人を入れ替えてしまうというもの。治済は一生孤島に閉じ込める。十郎兵衛は写楽説がある人物である。

 大胆な発想だったが、計画は成功した。治済は二度と悪さが出来なくなった。しかし帰って来るかも知れないと思ってしまうのは治済があまりに恐ろしかったからだ。

明るくない時代

 蔦重は1750年に生まれ、97年に亡くなった。死因は脚気とされている。48歳だった。

 蔦重が生きた時代は決して明るくなかった。1772年に田沼が老中に就く前から幕府の財政は悪化し、庶民の貧富の差も拡大していった。1783年の浅間山の大噴火など自然災害も相次いだ。それでも蔦重は成功を収め、江戸のメディア王として今も語り継がれている。

 ふと気付くと、蔦重の時代は今と似ている。ただし、あのころと今のどちらがいいのかを比べることにはあまり意味がない。人間は1人の例外もなく同じ定めを抱いて生まれてくるが、それは生きる時代は選べないということなのだ。

 蔦重は時代を問わず成功を収めたのではないか。相手がどんな立場であろうが垣根をつくらず、懐に飛び込んだからである。名プロデューサーの条件だ。森下氏も蔦重の目利きの才能より人柄の描写に時間を割いたように見える。

 森下氏が書く時代劇の大きな魅力は人間を差別しないことである。制度としての身分差はあるものの、それを超えて人が付き合う。TBS「JIN-仁-」(2009年)もそうだった。

 タイムスリップした主人公の医師・南方仁(大沢たかお)は重度の梅毒に苦しむ花魁・夕霧(高岡早紀)を偏見なく診察し、自分でペニシリンをつくって直そうと懸命になる。2次感染も恐れなかった。看護師の橘咲(綾瀬はるか)らスタッフもそうだった。

 歴史的偉人の坂本龍馬(内野聖陽)は仁と親友になった。森下氏の時代劇には人に上下がない。

「べらぼう」もそうだった。蔦重と田沼は年齢の離れた友人か遠い親戚のような関係になり、意知と花魁・誰袖(福原遥)は愛し合った。例を挙げたらキリがない。

 だから森下氏の書く時代劇は後味がいい。いくら時代劇とはいえ、もう差別描写は歓迎されないのではないか。

高堀冬彦(たかほり・ふゆひこ)
放送コラムニスト、ジャーナリスト。1990年にスポーツニッポン新聞社に入社し、放送担当記者、専門委員。2015年に毎日新聞出版社に入社し、サンデー毎日編集次長。2019年に独立。前放送批評懇談会出版編集委員。

デイリー新潮編集部

前へ 1 2 次へ

[2/2ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。