「甘口抹茶小倉スパ」に「パンチェッタ入りカルボナーラ」 食について回る“権威性”(中川淳一郎)

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 先日フランチャイズ系のつけ麺屋へ行った際、本部発行だという〈つけ麺の食し方〉を読んだ同行の女性が麺をいきなり口に運びました。われわれが「姐さん、汁につけてください!」と暴挙をいさめると、「だってそのまま食えってチラシに書いてあるよ」と言うのです。

〈(1)まずはそのまま食すべし!〉確かにそうあります。続いて〈(2)3分の1ほど麺を食べたらユズを麺全体にかけ、かき混ぜるべし〉さらに〈(3)また3分の1食べたら黒七味を麺にかけるべし〉と記されています。

 確かに「そのまま」と書かれているのは事実でも、さすがにつけ麺屋も「ご飯とみそ汁」のような関係性でツユを出しているはずもなし。麺を食べたらツユを飲み、を交互でやらせたいのではなく、あくまで最初は「麺をツユにつける」だけで食させ、次にユズや黒七味を用いての「味変」を楽しんでほしいという意図。

 なのに、まさかの解釈をする人物が身内にいました。

 時おり「ソバの味がよく分かるよう、当店ではツユを提供していません。裏山でくんだ湧き水で食してください」などとうたう店があります。客も「ソバ本来の味がする!」とか知った口を利くわけですが、内心では「ソバツユ出してくれ~」と悲鳴を上げているはず。

 食については権威性がついて回るものです。最近、ネットで話題となったのが、イタリア人がパンチェッタ(豚バラの塩漬け)を入れたカルボナーラを認めないという言説。イタリア政府はグアンチャーレ(豚の頬肉の塩漬け)の代替としてのパンチェッタを認めないのだそうです。

 ここで想起したのが、イタリア人のイメージとのギャップです。彼らは「ラテンのノリで異性を口説きまくり、大抵酔っ払って“楽しけりゃいいさ!”的人生を送っている」みたいな先入観があるじゃないですか。

 しかし、案外ルール厳守なんですね。パンチェッタNGルールもそうですし、ナポリピザの「認定店」制度なんてのもあります。パスタをケチャップで和えた「日本のナポリタン」にも彼らは異議があるようです。

 そのくせイタリアのすし屋の画像を見ると、われわれの想像力では追い付かないようなネタがあります。

 揚げた餃子の皮みたいなもので酢飯を挟み、そこに何かの刺身とクリームチーズを乗せている。鮭の握りかと思えば、卵黄だか栗だかよく分からない黄色いモノが乗っている。エビフライのすしに鮭が乗せられている。エビフライのカリフォルニア巻きの上に、揚げたパスタが添えてある。

 これに対して「わが日本が誇るすしへの侮辱だ!」などと言う気はありません。

 カリフォルニア巻きだって元々は、黒いのりを不気味がるアメリカ人向けにのりを飯の内側に巻くという発想から作られたもの。しかもタネは当時珍しかった鮭とアボカドですよ! 国によって食文化は違うので、「元祖」たる国は文句までは言わずとも、です。

 名古屋に「マウンテン」という人気の喫茶店があります。名物は「甘口抹茶小倉スパ」で、抹茶風味の甘いパスタに生クリームと餡こと果物を乗せた大盛りスパ。この一皿に圧倒されて降参することを「遭難」と言います。イタリア人にはぜひ訪ねてほしいものです。

中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう)
1973(昭和48)年東京都生まれ。ネットニュース編集者。博報堂で企業のPR業務に携わり、2001年に退社。雑誌のライター、「TVブロス」編集者等を経て現在に至る。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『ウェブでメシを食うということ』など。

まんきつ
1975(昭和50)年埼玉県生まれ。日本大学藝術学部卒。ブログ「まんしゅうきつこのオリモノわんだーらんど」で注目を浴び、漫画家、イラストレーターとして活躍。著書に『アル中ワンダーランド』(扶桑社)『ハルモヤさん』(新潮社)など。

週刊新潮 2025年12月11日号掲載

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