ジャイアント馬場との“兄弟タッグ”でマット会を席巻! 「こんばんは事件」ラッシャー木村が“マイクを握らなかった日”
「馬場この野郎! 誕生日じゃねぇか」
「馬場ぁ、これで勝ったと思うなよ!」「次こそ絶対に逃がさないからな!」……。
そんなマイク・パフォーマンスに、人柄の良さが滲み出て来たのは、1985年の冬からだった。その日、6人タッグ戦で馬場組に勝利した木村は言った。
「馬場ぁ! ……どうしちゃったんだよ? これじゃあ『最強タッグ』に優勝出来ないぞ」(1985年11月30日)。
翌年4月より、元横綱の輪島がプロレス入りし、馬場がその海外トレーニングに同行すると、木村の生来の人間性は、更にマイクに表れていった。
「お前らこの野郎! 馬場をどこに隠したんだ!……寂しいじゃないか!」
そして、その馬場が帰国すると、
「馬場! どこに行ってたんだよ!……寂しかったじゃないか! これからまた、毎日勝負してやるからな。もう逃げるんじゃないぞ!」。
以前は試合が終わるとすぐ退場していた馬場も、この辺りから、最後まで木村のマイクを聴くようになった。ファンがクスクス喜んでいるのを感知し、自分も木村の“マイク劇場”の大事な要素なんだと受け入れる鷹揚さも、何とも馬場らしかった
翌1987年1月23日には、「馬場、この野郎! お前、今日、誕生日だってな! 一言言わせろ! 『おめでとう』」というマイク・パフォーマンスをしての退場後、その木村側の控え室のドアを叩く音があった。開けると、馬場元子夫人が立っていた。
「はい。お裾分け」
全日本プロレスの本隊(生え抜きレスラーたち)で祝ったのだろう、バースデーケーキの一部だった。元子夫人もニコニコと嬉しそうだったという。木村のマイクは、完全に会場名物になっていった。
「馬場! アニキと呼ばせてくれ」
「馬場! 俺は焼肉10人前を食って来て頑張ったけど負けた。だがな、今度は20人前食って来るから覚悟しとけよ!」(1987年4月23日)
「馬場! シリーズオフにハワイに行ってたんだってな。お前はグァバジュース飲んで来ただろうが、俺だって日本でポカリスエットを飲んで頑張って来たんだ!」(同年7月3日)
「今日は作戦会議をやったけどダメだった。こいつに俺の英語が全然通じないんだ。だけど、次は通訳を付けるから覚悟しとけよ!」(同年7月22日。木村&ティジョー・カーンvs馬場&2代目タイガーマスク)
そしてある意味決定的な、1988年8月29日のマイクの瞬間が訪れる。この日の日本武道館大会では、ファン投票を参考にカードが組まれ、木村は馬場と久々の一騎打ち。実に「ファンの観たいカード・シングル部門」の4位だった。そして、一敗地にまみれた木村はマイクを取った。
「馬場。どうも俺は、お前に貫録負けしてるな。これからはお前に負けないように、俺も葉巻を吸うからな。あとなぁ……。これだけお前と試合をしていると、俺はもうお前を、他人とは思えないんだよ。だから、一度でいいから、お前のことを、アニキと呼ばせてくれ」
場内は大爆笑。馬場も思わず吹き出し、笑顔で応えた。そして、「最強タッグ」直前のシリーズで、木村はマイクで告げた。
「一度でいいから、『アニキ、ありがとう』と言ってみたい。だから、今年の最強タッグは、俺と“兄弟タッグ”を結成してくれ!」(1988年10年26日。後楽園ホール)
馬場も快諾し、1988年11月の「世界最強タッグ」で発進した“兄弟コンビ”は、それまでの紆余曲折があった分、圧倒的なファンの支持を得た。「アニキ! 俺、思ったより、頼りになるだろ?」「このまま勝ち進んで、シリーズが終わったら、2人で美味い酒、飲もうぜ!」と、木村のマイクも絶好調だ。しかし、同シリーズ内で、マイクを披露出来ない時があった。それが、天龍源一郎、川田利明組との対戦であった(12月4日)。
天龍はこのシリーズ開幕時、盟友の阿修羅原を解雇で失い、若手の域を出ていなかった川田利明を緊急のパートナーにして大会に参加しており、自身が率いる「天龍同盟」は存続の危機に瀕していた。とはいえ、試合は天龍の馬場へのラリアットの奇襲から始まり、互いに譲らぬ大熱戦に。基本的には「最強タッグ」の公式戦でしか日本人のトップ勢とは絡むことのない馬場に、「1年に1度と言わず、何度でも(天龍と)やりたい」と言わしめる名勝負となり、馬場、木村組が勝利した。すると、喋ろうとした木村のマイクが、チョップで天龍に阻止されたのだ。その意図を天龍は試合後、語った。
「あれがあると、徳俵のない相撲になっちゃう。徳俵があるからこそ、相撲は面白いんだから」
難解な表現だったが、どんな時でも試合後のマイクがとりあえず披露される令和のプロレスの現状に照らすと、真意が見える気もする。少なくとも、「マイクが無ければ締まらないような勝負を、俺たちはしていない」という含意はあったのではないか。
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