「さみしいよぉ」と近隣住民に…「老人ホーム」入居を巡る80歳男性と家族の葛藤、89年師走の「鉄道踏切での悲劇」に至った契機とは
年を重ねた人間が失っていくもの
最後になったが、日本ウェルエイジング協会の吉田寿三郎会長が老人の気持ちを代弁した。
「60歳以降、人間はいろいろな物を失うのです。仕事を失い、子供の独立で我が子を失い、配偶者を失い、友人、兄弟も次々に失う。それだけで、肉体的、精神的ショックが非常に大きいのですが、そこへ住所を変える、つまり生活環境を変える、という負担が加われば、情緒障害を起こしても不思議はありませんよ。扱いにくい偏屈になるのは、よくあることです。しかも老人ホームへ行けなんて言われたら、死ぬ気にもなるでしょうよ。老人ホームというところも、1つの社会ですからね。ボスになる老人もいれば嫌われる老人もいる。人によっては、そこへ行くのは大変億劫なんですよ」
(以上、「週刊新潮」1989年12月21日号掲載記事を再編集)
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36年を経ても変わらない状況
Aさんの死から36年、同じような状況で生まれた悲劇は他にもあることだろう。2007年から超高齢社会となった日本では「老人ホーム」の種類が細分化され、かつての暗いイメージも変化した。ただし、同居者がいる高齢者に自死が多いという状況は変わっていない。厚生労働省が公表した令和5年の自殺者数詳細(暫定値)によれば、合計2万1818名のうち60代以上・同居人ありは4981名、なしは3024名だった。
伴侶を亡くし、環境の変化に耐えられず心を閉ざした男性。親身に世話を続けたが、次第に憔悴していった家族――。そこあったのはただ、一つ屋根の下ですれ違い続けた人々の切ない姿だった。第1回【「老人ホーム」入居直前…89年師走に“鉄道踏切での最期”を選択 80歳男性はなぜ「献身的な息子夫妻」に心を閉ざしたのか】では、家族の献身ぶりと男性の変化を伝えている。
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