「さみしいよぉ」と近隣住民に…「老人ホーム」入居を巡る80歳男性と家族の葛藤、89年師走の「鉄道踏切での悲劇」に至った契機とは
伴侶に先立たれ「さみしいよぉ」と
老人が娘夫妻と住んでいた頃の近所の住人の話。
「あのおじいちゃんは口数の少ない人でした。逆におばあちゃんは活発で、よく買物に出かけておしゃべりして歩くほうだったんです。その代わり、おじいちゃんは盆栽や土いじりが好きで、庭の植木だけでは足りなくて、近所に小さな農地を借りておばあちゃんと2人で家庭菜園もやっていた。が、おばあちゃんが亡くなってから、その菜園をぱたっとやめた。どうしたのよ、と聞いてみたら、さみしいよぉ、と答えていました。それからじきに、息子夫婦の家へ引っ越して行ったのです」
老人福祉に協力しているある有力者はいう。
「最近は、お年寄りの地位はどんどん低下しています。嫁と姑の対立なんてものも、今では嫁のほうが強いと思っていいんです。どんな食べ物だろうと、作ってくれたら親は喜んで食べるのが普通。老人ホームへ行けと言われたら、内心は嫌でも逆らう人は少ないですよ。Aさんは自分の殻にとじこもって、それ全部拒否したらしい。その結果、鉄道踏切での最期を選んだのでしょう。福祉関係に携わる者にとっては大ショックです」
「身を引けばいいのか」と考えてしまう傾向
一方、日本女子大の一番ヶ瀬康子教授(社会福祉学)は、こんな分析を試みる。
「高齢化を迎えた先進国の中で、65歳以上の老人の自死が日本は非常に高いのです。しかも、わが子と同居している老人に意外に多いのが実情なんですよ。彼らは、明治以来の家族制度の中で生きてきた人たちですから、心の中には子供たちへの期待がある。長男との同居は当たり前という気持ちもある。ところが、家の中にトラブルが生じ、自分がその原因と思われている、と知ったときの失望は大きいのです。子供への期待が裏切られたわけで、それが非常に悲しくもある。そうか、それなら、俺が身を引けばいいのか、というふうに考えてしまうのでしょうね。
それに、老人ホームのイメージが明るくないから、入所を嫌う人は少なくない。本人が嫌なだけでなく、自分をホームに入れた長男のメンツもつぶれる、そんなことをさせるわけにはいかない、というふうに勝手に考えてしまうようです。この方も、いろいろ考えて自死の道を選んでしまったのでしょう」
独り暮らしの老人や、老人だけの所帯のほうが、こと自死に関しては、ずっと比率が低いのだそうだ。
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