「老人ホーム」入居直前…89年師走に“鉄道踏切での最期”を選択 80歳男性はなぜ「献身的な息子夫妻」に心を閉ざしたのか

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誰にでも直面する可能性がある“事情”

 1989年の師走、東京郊外の踏切で80歳の男性が自ら死を選んだ。伴侶を亡くした後、娘夫妻との同居を経て長男夫妻のもとで暮らしていたが、近く老人ホームに入居する予定だったという。となれば、死を選んだ理由は、家庭内不和や自らの行く末に苦悩した結果と考えるのが一般的だ。大手紙は「八十歳の悲観」と報じ、巷では「家庭内でつまはじきにされたのか」と想像する向きもあった。

 一方で近隣住民は「おじいちゃんとの間にトラブルがあったなんて信じられない」と口を揃えた。しかも長男一家は比較的裕福で、本来なら自治体が老人ホームへの入居許可を出さないケースだったという。そこで浮かび上がってきたのは、36年が経過した今でも決して珍しくはない、誰にでも直面する可能性がある“事情”だった。超高齢化社会となった現在もなお示唆に富む“80歳の死”を当時の「週刊新潮」で振り返る。

(全2回の第1回:以下、「週刊新潮」1989年12月21日号掲載記事を再編集しました。文中の年齢・肩書等は掲載当時のものです)

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ブレーキをかける間もなかった

 とにかく、80歳の老人にしては方法があまりに衝撃的だった。無残な死に方と言ったほうがいいかもしれない。場所は東京都某市の新興住宅街、私鉄沿線の踏切。時間はさる12月3日の午後9時46分。1人の老人が遮断機の下をかいくぐり、やにわに電車の前に飛び込んだのである。

 事件を担当した警察署によれば、「電車の運転士の話では、突然ぱっと飛び込んできたので、ブレーキをかける間もなかった」という。踏切わきのケーブルを覆うコンクリートカバーの上に、サンダルがきちんと揃えて脱いであり、財布と眼鏡と入れ歯とが、その横にていねいに並べてあったのが、なんとも悲しい。

「亡くなったAさんの遺族からは1回だけ話を聞きました。Aさんが3年ほど前に奥さんを亡くして落ち込んでいたこと、いろいろ事情があって、最近、遺族の方が老人ホーム行きを勧めていたこと、それでAさんが悩んでいたこと……等々の話でしたね。どうやら、Aさんは近く市内の老人ホームに入る予定だったようですよ」

 実は、この件を報じたのは大手紙一紙だった。その小さな記事も次のように書いていたため、家庭内に相当深刻な揉め事が起こっていたと、誰もが考えざるを得なかったのである。

〈ふだんから、身なりや食事の内容などをめぐり家族と口論が絶えなかったという。家族から事情を聞いているが、Aさんはこの夜もささいなことから口論となり、長男から「老人ホームに入ってほしい」と言われ、午後9時ごろに家を飛び出した。同署では、長男夫婦との不仲を苦にしての自殺とみている〉

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