ハマり役の「31歳実力派俳優」に、“超自然体”な「24歳美人女優」 ふたりの演技が光る注目ドラマとは

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 昔、外で私を見かけた知人が「猛烈に急いで怖い顔をしていたから声かけなかった」と言っていた。どう考えても普通に歩いていただけなのに。のんびり屋とかのんきな人と言われたことがない。でも、歩く速度を少しゆるめてみようかなと思わせたドラマがある。「ひらやすみ」、平屋に住むからひらやすみ、である。

 主人公・生田ヒロトを演じるのは岡山天音。のんきでゆるい様が適役で、持ち味が120%生かされている。ヒロトは人と比べない・勝ち負けで争わない平和主義。タイプの女性を目の前にすると緊張して固まるが、年寄りとはすぐ仲良くなれる29歳。時間にルーズではないが、焦ったり慌てたりはしない。阿佐ヶ谷の釣り堀でバイトをしているが、最小限の収入で満足。夕食の献立には悩むが、ストレスや悩みは皆無。他人から見れば「暇でのんきな人」だ。もともとは役者をやっていて、映画に出演したこともあるのだが、生き馬の目を抜く世界は自分に合わないと断念した過去がある。

 ヒロトは散歩中に見つけた素朴な平屋に住む和田はなえ(根岸季衣〈としえ〉)と仲良くなり、週2回は晩飯をごちそうになっていた。独り身で無愛想なはなえは周囲から偏屈婆さん扱いだが、ヒロトが懐いたおかげで人生に灯がともったかのように見えた。が、ぽっくり亡くなり、ヒロトは平屋をまるっと譲渡される。そこから始まる平屋住まいの日常を描く。

 平屋住みはもうひとり。ヒロトのいとこで、美大に通う小林なつみ(森七菜〈なな〉)だ。山形から上京し、居候するくせに古い平屋を見て「タワマンがよかった!」と放ち、居室が狭い畳敷きで「フローリングがよかった!」とぶんむくれる。口が悪く遠慮のない親戚の子を七菜が超自然体で演じる。うまいんだよ、七菜は。この手の「気の置けない」女子役が。

 他人や世間体を気にしないヒロトと、ちょっと自意識が面倒臭いなつみのふたり暮らしだが、ふたりの会話にはセリフ感も外ヅラ感もゼロ。ボロい平屋ライフだって、素敵なスローライフでも丁寧な暮らしでもない。地味さと適当さに地続きの親近感を覚えるのだ。

 ヒロトのゆるい日常に乗っかりたがるのはヒロトの友達・野口ヒデキ(吉村界人)。妊娠中の妻(蓮佛〈れんぶつ〉美沙子)のご機嫌を取れず、やたらと平屋へ逃げてくる。見栄っぱりでうそつきだが、憎めないのは、界人の持ち味、愛らしい軽薄さのたまものだ。

 もちろん、のんきな人だけでは緩急がつかない。常に仕事と時間に追われ、実家の猫の最期もみとれなかったのが不動産屋の立花よもぎ(吉岡里帆)だ。せっかちで焦る割に、幸福感も満足感も薄い現代人の象徴。私も共感するのは彼女だ。エスカレーターは右側を上るし、のんきに暮らすヒロトを腹立たしく思うも、それはどこかでうらやましいから。

 行きは鬼の形相&速足で向かい、帰りは疲労困憊(こんぱい)で家路に就く今の自分に足りないものは、ヒロトが教えてくれた。立ち止まって景色や街並みを観察すること。平屋をもらうほどの縁はなくとも、小さな感動を味わう心の余裕は必要だな、と。

吉田 潮(よしだ・うしお)
テレビ評論家、ライター、イラストレーター。1972年生まれの千葉県人。編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。2010年より「週刊新潮」にて「TV ふうーん録」の連載を開始(※連載中)。主要なテレビドラマはほぼすべて視聴している。

週刊新潮 2025年12月4日号掲載

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