量子コンピューターから量子暗号通信まで 脅威の計算能力と絶対安全な通信技術がもたらす未来図とは【今、学んでおきたい量子力学入門】

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すでに着々と社会実装が進展

 前出の村井さんによれば、すでに各国で量子暗号通信の社会実装が進んでいるという。

「中国は2017年、世界初の衛星地上間(1200km)でのQKD(量子鍵配送)実験に成功しました。北京や上海など中国全土に1万kmを超えるQKDネットワークを敷設し、国家電網や金融機関が活用していると言われています。また欧州でも2022年からQKDネットワークを実装するプロジェクトがスタート、EU27カ国が参画しています」

 日本も量子暗号通信技術の先進国で、2010年に国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)が中心となって運用を開始した東京QKDネットワークは、世界最長稼働のネットワークとして知られる。

「東芝グループはこの東京QKDネットワークにQKDシステムと量子インスパイアード最適化ソリューションSQBM+(前編参照)を提供しています。また、今年6月にフランスOrange Business社と東芝欧州社でフランス初の量子セキュア通信ネットワークサービスの商用利用をパリで開始したほか、英国では通信大手BTと、シンガポールでも現地の通信事業者やスタートアップ企業とQKDネットワークの実証を展開するなど、国外のさまざまなプロジェクトに参画しています」

 このように、世界各国で絶対安全なQKDネットワークを基盤とした量子暗号ネットワークの実装がはじまっているが、まだ一部地域、政府や金融関係などの特定分野のみの通信インフラとなっているのが現状だ。情報漏洩リスクの高い公的組織や企業などにも早急にネットワークを拡大しなければならない。

 自治体や企業が通信インフラを入れ替えるには、システムの評価や検証、試験運用などの手順を踏む必要があり、3~4年かかることはザラだろう。2030年頃に大型の量子コンピューターが台頭してくるとしたら、時間的猶予はほとんど残されていないことになる。

情報通信に革命をもたらす量子インターネット

 この量子暗号通信を支える量子通信技術は、情報通信に革命をもたらすといわれる「量子インターネット」の構築においても重要な役割を果たす。

 量子インターネットとは、従来のインターネットが0と1のデジタルデータを伝送するのに対して、量子状態をそのまま伝送するネットワークのこと。たとえば、量子インターネットを介することで、複数の量子コンピューター同士を量子状態を保って結びつけて通信を行うことができる。現在のスーパーコンピューターにも並列処理機能はあるが、量子コンピューターを複数台接続することのインパクトはその比ではない。また、量子中継や量子衛星などの技術によって距離の制限がなくなれば、量子状態に鍵を載せるQKDネットワークの距離の制限もなくなる。

 高セキュアな量子暗号通信が地球規模に広がったら、国民投票や首脳会談、金融取引、生体情報など秘匿性の高いやり取りを世界中で行えるようになる。

 量子技術の発展が今、従来の通信インフラの安全性を脅かすと同時に、絶対安全な暗号通信方法と脅威の計算能力を私たちにもたらそうとしている。量子インターネットの恩恵を全人類が安心して享受できる未来が実現する日は来るのだろうか。

※ 東芝グループによる量子技術研究……東芝グループでは1990年代から量子技術の研究に着手、現在では量子コンピューターと暗号通信技術を軸として(株)東芝の総合研究所で研究開発を、東芝デジタルソリューションズ(株)で事業展開を行っている。

デイリー新潮編集部

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