「愛子さまのお優しい笑顔は忘れることができない」 ラオス訪問で愛子さまと接した日本人が見た「素顔」 「オーバーワークが心配」の声も
“帰ってから父と話をしてみたい”
この日、ルアンパバーン国立博物館で愛子さまの案内役を務めたJICA海外協力隊員の宮脇好和氏は、
「18日とは違うシンとパービアン姿を見た博物館のスタッフはみんな、愛子さまについて“きれいですね”“かわいいですね”と言っていました。あの日はかなり早起きだったはずですから多分お疲れだろうなと思っていたんですが、そんな様子は全く感じられませんでした」
宮脇氏は博物館の本館の案内を担当したという。
「元は王宮だった本館で立ち止まってご説明する場所は2カ所と事前に決められていて、その一つは王座の間。もう一つは、95年にルアンパバーンの街並みが世界文化遺産に登録された際の認定証が展示されているところです。この博物館へはお父様の天皇陛下も12年にお越しになっており、愛子さまは展示をご覧になる中で“帰ってから父と話をしてみたい”といったことをおっしゃっていました」
「お優しい笑顔は忘れることができません」
愛子さまはこの日の午後、日本のNPO法人「フレンズ・ウィズアウト・ア・ボーダーJAPAN(FWAB)」が15年に開設した「ラオ・フレンズ小児病院」も視察されている。
案内を担当したFWAB代表で看護師の赤尾和美さんが語る。
「愛子さまは入院中の子供と付き添いの母親らに“痛みはありますか”“早く良くなってくださいね”と、温かく優しい笑顔で語りかけていらっしゃいました」
愛子さまから受けた質問の中で最も印象に残ったのは、“異文化を実感するようなご経験はありましたか?”というものだった。
「それに対して私はある脳性まひのお子さんのお話をしました。その子のご家族は“生まれ変わり”を信じており、“病院がこの子を助けなければ今頃は生まれ変わって、障害のない新たな人生を始めていたはず”と言われ、“私たちが関わることでご家族を苦しめることになっているのかも”と落ち込んだことがあったのです」(同)
その時の話を引き合いに出しながら、
「“従来の文化と新しい文化の折り合いをつけてベストな医療を提供するのが私たちの役割であり課題”とお話ししたところ、愛子さまは大きくうなずいて“異なる文化の融合に尽力することは大変ですが、大事なことですね”とおっしゃった。私の話の意味合いを理解していただいたように感じてうれしかったです」(同)
帰り際、赤尾さんが“ぜひまたお越しください”と声をかけると、愛子さまは“よろしいのですか?”とお答えになったという。
「あのお優しい笑顔は忘れることができません。思い出すたびに、これからもがんばるぞ、という気持ちになります」(同)
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